#02. 平松 里英さん(通訳者)

ロンドン在住通訳者である平松 里英さんに、「自分には関係ない」と思っていた英語、留学、通訳の道へと進むことになった経緯や、プロの通訳者にとっての英語学習についてうかがいました。

平松 里英 Rié Hiramatsu

ロンドン在住日英会議通訳者、大学講師。留学後、日本の外資系企業やイギリスの日系企業などでのインハウス勤務を経てフリーランス通訳者に。得意分野は、マーケティング、通信、メディア(テレビ・ラジオ・インターネット)、ウェブサイト翻訳(トランスクリエーション)。アナウンサートレーニングの経験を生かしボイスオーバーの仕事も好き。通訳訓練や英語力ブラッシュアップの他に、外国語学習の初心を忘れないようフランス語を勉強中。フランス語の次は、スペイン語をブラッシュアップしたいと思っている。北アイルランドのアルスター大学で国際メディア研究修士課程(MA)、ロンドンメトロポリタン大学大学院通訳課程(PGDip)、IIEL日本語教授法コース(TJFL-PGCert)を修了。現在、『通訳翻訳WEB』にてコラム『通訳者通信fromロンドン』を連載中。

ウェブサイト
ブログ『I INTERPRET LONDON』

Emi
自己紹介からお願いできますか?

Rié
ロンドン在住で日英の通訳者をしております平松里英と申します。イギリスに来てからは10年ほどですが、その間ほとんどフリーランスの通訳者をやっております。翻訳やボイスオーバー*などの仕事もしますが、メインは通訳です。
*voice-over:映像に、翻訳した音声を重ねること

Emi
いま英語を自由に使えている人というのは、そもそもどこから始まっているのかをうかがっていきます。里英さんがいちばん最初に英語と出会われたのは、どこでどんなふうだったんでしょうか。

Rié
いちばん最初は、幼稚園か小学1年生かな。日本で、実家のすぐ近くにLL教室ができて、親に連れられて見学に行ったような気がします。字が読めたから小学生だったかもしれません。そのときの体験が印象深かったんです。

よく「ワンツースリー」って聞くじゃないですか。ところが、その見学先の先生に「“ツー”ではなくて“トゥー”って言うんだよ」って言われたんですよ。それで、「ほう、トゥーって言うんだ!」って。衝撃でした。

Emi
(笑)

Rié
それが最初の英語に関わる経験ですかね。

Emi
そのまま、そこで英語の学習が始まっていくんですか?

Rié
いえ、始まらなかったんですよ。まともに英語を勉強しはじめたのは、みんなと同じで中学校に入ってからですね。

Emi
中学の英語科で?

Rié
そうですね、普通に授業で。ただ、私は私立中学に行ったんですけど、1年生のときの担任の先生が英語担当だったんですよ。学校には英語担当の先生が2人いて、ラッキーなことに、私の担任の先生の方がいい先生だったんです。もう1人の先生はものすごく声が大きくて、授業が全部外まで筒抜け、ものすごい発音だったんですよ。私の担任はそうではなく、アイルランドに留学経験があって、発音にうるさい先生だったんですね。ジョン万次郎じゃないですけど、「ウォーターじゃなくてワラのほうが近いんだ」とか、そういうことを教えてくれる先生でした。

Emi
今のところは、まったく一般的な日本の子どもの英語との出会い方ですね。近所にLL教室ができて体験入学に行き、「あ、英語の発音って違うんだな」。しばらく時間を置いて中学生になって、「あ、英語の発音のいい先生とそうでもない先生がいるんだな」。発音に敏感というのが共通していそうでしょうか。

Rié
そうだったと思いますね、おそらく。

 

英語はすっと頭に入る感じだった

 

Emi
そんな普通の日本人の中学生だった里英さんが、英語の世界にぐーっと入っていくのはどこから?

Rié
小学校までの4科目(国語・算数・理科・社会)の中で、私、理科が得意だったんですよ。暗記科目が苦手で、理科が好きでした。中学校に入った時も、まだ英語は得体の知れないものだったので、自分では「私は理科の人」と思っていました(笑)。ところが、英語の方が伸びてきちゃって。

Emi
中学の間に?

Rié
中学1年生のときですね。特に物理系がダメでした。理論はともかく、式を覚えなきゃいけないっていうのが、頭に入らなくて。

Emi
あぁ、「暗記」ですね(笑)。

Rié
はい。「突然こんな公式出てきちゃった、どうしよう」みたいな感じ。数学もそうでした。そんな中、英語の方が伸びていきました。英語は苦労しなくても、すっと頭に入る感じだったんですよね。それで、英語に触れる時間、英語を勉強する時間が増えていきました。

Emi
科目の一つとして英語と出会って、他の科目と横並びでスタート。リードしていたはずの理科がだんだん下がっていって、英語が追い抜いていったようなイメージ?

Rié
そういう感じです。

Emi
英語が追い抜くきっかけとして、理科の「暗記」があった。英語も、たとえば単語を覚えるなど、「暗記科目」と思っている人は多いと思いますが、里英さんにとっては暗記科目ではなかったんでしょうか?

Rié
いわゆる丸暗記と呼ばれるやり方は、多少やりましたが、それだと私の頭には入らないんです。これはいまだにそうで、繰り返し繰り返しやっても入りません。また、書いても入りません。たとえば目の前に何か書き写す対象のものがあってノートに書いていく場合、ただ写しているだけで、まったく考えていないんです。ノートは埋められていくんだけど、頭と全然つながらない。それで、「あ、これはダメだ」と。よく先生にも、「書いて覚えるんだ」と言われましたけどね。

例外はたくさんありますが、英語の単語ってわりと規則性があるじゃないですか。頭を変えたり後ろを変えたりすると、音で覚えられて、その規則性を当てはめると、ある程度つづれる。

Emi
スペルと発音の関係ですね。それに気づかれたのは中学生ですか?初期の段階?

Rié
ええ、結構早かったと思いますね。1年生じゃないかと思います。というのは、私、小学校のとき、ローマ字が苦手だったんです。

Emi
ほう。おもしろい。

Rié
ローマ字でつづれるようになっても、それと英語って合わないですよね。ローマ字は英語の基礎段階として、入門の入門みたいな感じと思っていたのに、全然“オランゲ”みたいな感じになっちゃって合わない。

Emi
「オレンジ」のことですね。(笑)

Rié
みんな最初はそうやって、ローマ字読みで英語を覚えていったりしましたよね。つづりと音が違うので、「オランゲって書いてオレンジって読むんだ」とか。私も最初はそうだったんですけど、「ローマ字読みの規則を捨てなきゃいけないな」「ここでうまく切り替えができないと、英語が嫌いになっちゃう人いるんじゃないかな」って思いましたね。

Emi
すごくおもしろいお話です。今後、英語が小学校で教科化されると、学習の順番も変わる可能性がありますが、今のところ、日本人は英語の前にローマ字をやっています。里英さんのように「ローマ字が苦手だった」というのは珍しい例で、逆にローマ字を先に覚えて、しっかり定着させてしまったことが、英語の読みに影響してしまうことが多いです。里英さんはローマ字が苦手だったために、英語のスペルの方に規則性、パターンを見出して、それで覚えていったんですね。

Rié
そうですね、やっぱり音ありきだったのかなという気がしますね。

Emi
パターンを自分で見つけて、当てはめていく、音がスペルから聞こえてくるような、その感覚がおもしろかったんでしょうか。

Rié
あぁ、おもしろかったですね。ただ、ネイティブの人のように、全部スペリングすることはできません。音を考えながら書きますが、イメージというか、パターンで覚えているので、「S-C-I-E…ん?」というふうにはなりません。

Emi
スペルというより、単語の並びが映像としてばっと出てくる感じ?

Rié
そういう感じですね。“License”など、「ここはCじゃなくてSだったな」とか。

Emi
違う文字がはまっていると、なんとなく変な感じ、違和感がある?

Rié
そう、スペルアウトするというよりは、フォネティックス*に近い感じです。
*phonetics:音声学

Emi
中学生で自らパターンを見出したり、他の人とは違う方法で覚えるようにしていた。その時点で、英語が得意だった?

Rié
そうですね、たぶん早かったと思います。中1の1学期とかで、もう結構おもしろかったです。また、担任が英語の先生でしたから、目をかけてくれましたし。

 

いとこのお姉ちゃんと、ビートルズ

 

Emi
「もっと英語の学習を進めよう」「英語を職業に」と考えたのは、どのあたり?

Rié
えーと、たぶんそれも中1とか、そのぐらいだと思います。

Emi
えー、早い!

Rié
理由があるんですよ。私が中1のときに、いとこに高1と高3のお姉ちゃんがいました。その二人がすごく英語が好きで、ビートルズが好きだったんですよね。

その頃、そういうちょっと年上のお姉ちゃんって憧れの存在だったりするじゃないですか。その二人が英語のことを、ああでもないこうでもない、リバプールがどうのこうのってしゃべってるのを聞いていたんです。小学校のときは「何を言ってるんだろう、この人たちは」と思ってるんだけど、中学校に入って、英語という教科が始まったら、ちょっとつながり始めるわけです。

Emi
点と点がつながってきたわけですね。

Rié
「あ、もしかして、これのこと言ってるのかな」みたいな感じから、興味をもちました。ものすごくビートルズが好きだったというわけではないんですけど、とにかくその二人の、外国のものや違う世界を垣間見た感じ。そういうお姉ちゃんへの憧れが、エネルギーというか燃料になって、私の方が英語にどんどん入っていったんです。

Emi
身近にいた少し年上のお姉さんたちが、何かその向こうにある世界を知っているらしい、と。

Rié
「知ってる?」みたいなことを言われるわけです。会話にも入りたいし。

Emi
それが後々、ビートルズだったり、イギリスだったり、英語だったりと、種明かしされていく。学校の教科である英語と、いとこのお姉ちゃんがやってる憧れのかっこいい何かとが、どこかでつながっていく感じ?

Rié
そうです。辞書なんかも、こんな分厚いのをパッとかって開くのが、もうかっこいいわけですよ。「んー、あれは?」「あの単語は?」とか言って、フッと調べてるというのがね。

Emi
(笑)それで謎の言葉に意味が付いてきて、一個の点がどんどん肉付けされ、つながっていくわけですね。おもしろい。本当にそのときのビートルズが、イギリスにつながったりするんですか?

Rié
結構つながったりするんです。たとえば、よく夏に軽井沢へ連れて行ってもらったんですけど、軽井沢ってジョン・レノンがよく行ってたので、彼のゆかりの場所があって、写真が残ってたりするんですよ。自転車で通っていたパン屋さんとか。

あと、やっぱりイギリス出身の人の発音も聞きますよね。確かジョン・レノンもアイルランド系だったと思うんですけど、もともとアイルランドから移ってきた人ってリバプールに定住してることが多いんです。私もアイルランドに留学してたりとか。そういう感じで少しずつ。

Emi
担任の英語の先生も、アイルランドの留学のご経験がおありでしたよね。日本で、まだ英語を始めたばかりの段階から、少―しずつ里英さんをその方向に導く種が蒔かれている感じですね。

Rié
いま改めて考えるとそうですね。そのときは先生が留学していた先がアイルランドとも知りませんでした。あとで、ずいぶん経ってから、その頃の同級生がぽろっと言ったんですよ。

Emi
知らないうちに、たとえばアクセントなどが先に耳に入っていて、あとで種明かしのように情報が入ってきたということ?

Rié
そうですね。

 

音楽から、英語の道へ

 

Emi
中学1年生で「英語が好きだな、英語をやっていこうかな」と思う一方、いとこのお姉ちゃんや軽井沢の影響があった。「英語を職業にしていこう」というのは早くに決めていた?

Rié
私、実は音楽がやりたかったんです。高2ぐらいまでは、オーケストラとかブラスバンドとかに入っていて、そっちの道に行くつもりでいました。高2の後半ごろ、そろそろ進路を決めなくちゃっていうときに、親に「音大に行きたい」って相談をしたら、「そんなお金はないから、うちはダメよ」って(笑)。

いま思えば、「どうやって説得しよう」とか考えたらよかったんですけど、私、あっさりあきらめちゃったんです。「そっか、じゃあ次に得意な英語でもやる?」みたいな感じで。

Emi
高2の、もう本当に進路を決めるという時期に、「じゃあ音楽じゃなくて英語だ」と切り替えて、英語の専門に進んだということ?

Rié
そうです。ただ、持ちあがりの大学だったので、言語学系ではなく、英文科でした。言語学も少しはやりましたが、やっぱり授業の中心は文学。「んー、またシェイクスピアかー」「とりあえず卒業しないといけないし」という感じでした。それよりは、統語論*や音声学の方がおもしろかったです。
*統語論:文法などを扱う言語学の分野。Syntax。

Emi
進学先は、英語関係とはいえ英文科。メインで受ける授業は文学だけど、本人としては、統語論や英語音声学の方に興味がわいていた。

 

はじめての海外、アメリカでのホームステイ

 

Emi
学校の他に何か英語の勉強をしていた?

Rié
高2のときに、「あぁ、じゃあ英語にしよう」って思ったタイミングで、夏休みの3週間ほど、ホームステイに行きました。アメリカのサンディエゴに。それが、いま思うといちばん大きな転換期、lasting impression*というか。
*lasting impression:長く心に残る感動

Emi
どんなことが?

Rié
まず、「言い出してみるもんだな」と思いました。まさか親が海外に出してくれるとは思わず、「英語が好きだから、本当はホームステイとかしてみたかった」と言ったんです。そしたら、「出してあげるよ」みたいな感じで。「え?海外行けちゃう?」みたいな。

Emi
(笑)いつも里英さんを驚かせる親御さんなんですね。

Rié
それでトントンと行って。そのときの体験がものすごくポジティブだったんです。

Emi
それが最初に外国に出た経験?

Rié
そうですね。パスポートもそのときに初めて取りました。

Emi
どんなことを覚えている?

Rié
ホストマザーがレバノン人で、強烈な英語、強烈なキャラクター。食事もよく知ってる食事じゃなくて。夏っていうのもあったでしょうね。

80年代で、その頃はみんな「海外行きたーい!」みたいな気運があった気がします。高校に入って最初の年、仲のいい子で、「留学したい、留学したい」って言ってる子がいたんです。私はその子から聞くまで、まったく考えたこともありませんでした。その子が情報を持っていて、『留学ジャーナル』とか、いろいろ紹介してくれて、自分も首っ引きで読むようになったわけです。

ホームステイに行ったときは、初めての経験ですから、「アメリカ人って、外国人って、なんかすごいフレンドリー。オープンだし、なんかすごい自由闊達。こういうの好き」みたいな感じですね。カリフォルニアといったら、解放感のある、広い場所じゃないですか。お天気もいいし。いいことだらけですよね。

Emi
初めての外国、初めてのアメリカで、実際に英語を使って、ある程度生活をしてみた経験が、すごくいい印象だった。でもそのまま「アメリカに留学しよう」「アメリカで仕事しよう、暮らそう」とはならず、イギリスへ? 普通に考えるとアメリカにつながるのでは?

Rié
「アメリカへ行こう!」と思っていました。なので英語も、バリバリのアメリカ訛りで、ボキャブラリーもアメリカ英語。でも、私の最初の夫がベルファスト*出身だったんです。日本で知り合ったんですけど、それがきっかけで、縁ができたのがアイルランドでした。
*Belfast:北アイルランドの都市

Emi
最初はアメリカを見ていて、英語もアメリカのアクセントで勉強していたけれど、ご主人との出会いがあって、イギリス英語に切り替えた。「それまで日本で勉強していたアメリカ英語と、すごく違うな」というところはあった?

Rié
つづりや、日常のものの呼び方が違いますね。具体的にいうと、車の方向指示器を、アメリカ英語だと「blinker」と言いますが、アイルランドでは「indicator」。

Emi
車の部品はアメリカとイギリスですごく違いますね。日本語だと「ウインカー」で、また違いますけど(笑)。そうやって、ボキャブラリーや表現の学習を、また新たにイギリス英語という分野で始められたような感じでしょうか。

 

通訳者になるとは思っていなかった

 

Emi
その後、イギリスに住み始め、通訳の仕事につながっていく?

Rié
20代後半でアイルランドに留学して、帰ってきてから6、7年日本で勤めました。そのとき始めたお仕事がバイリンガルセクレタリーみたいな感じだったんです。通訳訓練は受けていないのでOJT*で始めて、あとから技術を勉強していきました。
*On-the-Job Training:実務を通じて行うトレーニング

Emi
アイルランドの留学は、ご主人と出会ってイギリス英語に切り替えられた後? どんな勉強を?

Rié
切り替えた後です。国際メディア研究で、映画やテレビ、インターネットについて学びました。通訳の勉強ではなく、アイデンティティとか、カルチュラル・スタディーズ*とか。
*cultural studies:文化一般に関する研究

その時点では、まだ通訳は選択肢にありませんでした。日本に帰って仕事を始めていくうちに、英語ができるということで、紹介される仕事に翻訳や通訳が入ってきました。

Emi
「留学を経験してきた、英語のできる日本人。じゃあ通訳だ、翻訳だ」。それに対して、「いや、通訳になるつもりで留学したんじゃないのに」など、ジレンマはなかった?

Rié
「こんなことになるんだったら、学生のうちからもっと通訳の勉強をやればよかったな」と思いました。留学を考えたことがなかったのと同じように、英語がずっと好きだったのに、通訳者や翻訳者になるとは考えたことがなかったんです。「ずーっと勉強しなきゃいけないからイヤ」「絶対無理」「向いてなさそう」「私、飽きっぽいし」などと思っていて、たぶん考える前からルールアウト*してたんですよ。
*rule out:除外する

それに、「言葉は道具だから」というのがずっとあって、言葉自体を商品にするよりも、言葉を使って何か活動することをイメージしていたので、通訳や翻訳になるとは思っていませんでした。

Emi
中学生のときは「自分は理科の人だ」と思っていたら英語の道へ。「留学なんて関係ない」と思っていたら、お友達の持っている本にはまってしまった。いとこのお姉ちゃんのお話もありました。お仕事も、「私は通訳なんて選ばないわ」と思っていたけれど、通訳の仕事が来て、やってみたら、「自分に合っているかもしれない」。

それで通訳の学校に行くことに?

Rié
東京でテレビ関係のお仕事に就き、OJTで(通訳を)6、7年やりました。その後、イギリスに来て2、3年したころに、「今後、どうしようかな」と考えはじめたんです。ヨーロッパの通訳者は通訳科のマスター(修士課程)を出ている人が圧倒的に多いので、「メディアが専門なのに、なぜ通訳の仕事してるの」となるわけです。だったら、いちいち聞かれてうっとうしいし、体系的に勉強してみようかなということで、学校に行き直しました。

Emi
そのあたりのご経験や苦労話は、いま連載されているコラムに詳しく書いていらっしゃいます。通訳に興味がある人には、そちらがすごく参考になりますね。

 

通訳者にとっての英語学習

 

Emi
私たち通訳でない素人は、「通訳学校に行く人は、英語の勉強が終わった人。もう英語の勉強はしなくていいんじゃないの?」と思ってしまいますが、実際はどうですか?

Rié
それは絶対にないと思いますね。私も、まだそういうのが雲の上のお仕事だったときには、特にニュースや国際会議を訳す人に対して、「ネイティブよりもできるぐらい英語ができて、英語の勉強は必要ないんだろう」と思ってました。

でも、言い回しひとつとっても勉強は必要です。私がいま自分で「課題だな」「力をつけたいな」と思っているのは、日本語、英語とも、figure of speech*の引き出しを増やすことです。
*figure of speech:文彩。効果的で巧みな言い回し。

Emi
たとえばどんなこと?

Rié
イギリスの例ですが、あるとき「うーん、courageous decision」って誰かが言ったんです。「courageous decision」って直訳すると、「勇気ある決断」ですが、実は「それ危ないね」という意味。出所は、”Yes, Prime Minister” というテレビ番組です。その中で、首相が「どう思う?」と言ったのに対して、もう一人が「それはcourageous なdecisionだと思いますよ」と答える。「政治にcourageousは要らない、危ない」、つまり、首相がcourageousなdecisionを持ってきたら、そんな提案はイケてないわけですが、イギリスだとそういう婉曲な言い方をする。それが人々の会話の中で生きていて、ビジネスの場でも、「うーん、それはcourageousなdecisionだね」などと出てくるんです。

Emi
なるほど。それは私がアメリカにいても、そう思います。映画やドラマなど、国民であればみんなが知っているような背景情報が、外国人にはなかなか追いつけない。言葉はわかる、意味もわかる、でもその文脈が追いつかない。

Rié
そこに表れる文化やウィットを、いい感じにスッとわかって訳せるか、レファレンス*がとれるかというのが、ものすごく大事です。深い造詣が求められます。
*reference:情報の元になる資料

Emi
文化に根付いた言語使用、社会言語的な使われ方ですよね。ちょっと余談になりますが、私の研究仲間に、”That’s what she said.”というフレーズについて、どんなときに使われて、外国人(第二言語話者)はどのくらい理解できるかという研究をしている人がいます。「それは彼女が言ったことです」という意味がわかったところで、どのくらいそこにセクシャルな文脈を見いだせるか。外国人にはピンと来なくても、アメリカ人はみんな笑う。

Rié
そこってすごくディープなところ。でも、その部分がわかるかわからないかで、通訳者の力を推し量られてる気がします。

英語学習、外国語学習、日本語でもそうじゃないかな。「笑いのツボが同じ」とか、そういう部分が合うと、相手との距離感ってグッと縮まると思うんです。懐に入りたいじゃないですか。なかなかできないですけど(笑)。

Emi
通訳者レベルでは、文法やボキャブラリーなど、一般の学習者が考えるような学習はさすがに済ませておかなきゃいけない?

Rié
そうだと思います。英語がかなりできる人でも、複数形になったときに意味がすっかり変わるなど、そのへんが結構あやふやで、意味を取り違えちゃう人が多い。そういうセンスは、磨けるものであれば磨いておいた方がいいと思います。

Emi
日本語には冠詞や複数形がないとされているので、学習者にとっては難しいところ。また、日本にいる限りはあんまり気にしなくても過ぎていけるので、「曖昧でもいいかな」と思うかも。でも、やはり英語圏で、きちんと正確に伝えようと思うと、そういうところが命取りになったりする?

Rié
そう思いますね。「そんなの、小さくてどうでもいいじゃない」と思っているところが、実はそうじゃなかったりします。「We want deal」ですよね。“a” が抜けてるんですけど、ああいうので揶揄されたときに、「あ、これはからかわれてる」と気づけるかどうか。

 

生きたやりとりから関係を深めたい

 

Emi
里英さん自身は、そこに気づかなかった日本人から、気づけるプロになった。それをどこで学習した? 「あ、これは大変なことなんだ」と気づいたきっかけは?

Rié
それには、フェイストゥフェイス(対面)でさんざんやりあうのがいちばんいいと思います。相手の表情に出ますから。通訳者という帽子を脱いで、自分ひとりで話をしたときに、別の意味にもとれる言い回しをしてしまうと、相手がクククッて笑ったりするんですよ。

Emi
間違える経験をして、表情などで指摘を受け、「あ、いま自分は何か変なこと言ったんだな」と気づく。そういう経験を積むということ?

Rié
それが大事だと思います。間違えた場合はもちろんそうですし、間違いではないんだけれども、自分で気づくこともあります。「あ、今こう言ったけど、もしかしてこれって隠喩? 暗にこうとられてしまったかな?」とか。たとえば”quick”などの単語も、言い方やタイミングを間違えると、違う意味にとられることがありますよね。

Emi
相手が、自分の意図していない意味にとってしまう。

Rié
何人か集まって丁々発止でやりあったりするとき、何気なく言った言葉が別の意味にもとれるとなると、わざとそっちを拾ったり。そういうやりとりの中で、気づく。スポーツみたいなものかもしれません。

Emi
ライブ感やその場の動き、その時々の、その後どうなるかわからないおもしろさも、学習意欲になっている?

Rié
そう思いますね。そのへんのおもしろさがお互いに通じ合えると、関係がすごく近づきます。日本語でも同じ。そうじゃないと、「この人、何考えてるかわかんないな」「いまいち掴めないな」と思われている気がする。それでは惜しいなと思います。

Emi
英語学習を進めていって、その「惜しいな」という感覚がわかれば、学習者には生きた英語の本当の意味での使い方が見えてくるかもしれないですね。

Rié
そのとおりだと思います。フェイストゥフェイスの生きたやりとりの中で、テンポなどちょっとした感覚をつかむ。「相手との関係性が、ここでグッと深まったな」とか、逆に「すれ違っちゃったな」とかは、瞬間のことなので、ずっと注意を払っていないとつかめない。

Emi
特に里英さんは、英語を話している人物と、日本語を話している人物の間にいて、両方を見ているから、表情や仕草、声のトーンなど一つ一つにも、アンテナを張っていらっしゃる。そのことがご自身で英語を使うときにも生きてくるのかもしれないですね。

Rié
それから、マナーもすごく大事。特にイギリスでは、みんなすごくアイコンタクトをとります。目が合ったら、とりあえず作り笑いでもいいから「ニッ」。それが、「敵意はないよ」「あなたのこと嫌ってないよ」というメッセージだったりするわけです。メッセージって、言葉で伝えるものと思われがちですけど、言外のメッセージというものを忘れてはいけません。

Emi
イギリスという英語圏の文化に、日本から来た日本人が入っている場面に同席すると、日本人のアイコンタクトや表情の中に、英語文化にそぐわないと思うことがある?

Rié
イギリスに来た頃は自分もそうだったのかもしれないんですけど、今はものすごく違和感があります。特に笑顔を見せないのは、日本だと別に普通ですよね。私も怒ってるわけじゃなく、つい無表情になっていることがありますが、そうすると夫に「Smile!(にっこりしなさい)」って言われるんですよ。

結局は”be yourself”*ですけど、でも、そういうことを知っておくのは大切です。
*be yourself:無理せず、自分らしく。

Emi
言葉でも表情でも、自分の意図しないことが表現されていて、相手が別の解釈をする場合があるということは、知っておくといいですよね。

Rié
そのとおりだと思います。そんなつもりは全然ないのに、誤解されることがあります。

Emi
「通訳など英語のプロになりたい」という方にとっても、「そこまではいかなくてもいいけど、英語が得意になりたくて学習している」という方にとっても、参考になるお話がいろいろ聞けたんじゃないかと思います。

本日はありがとうございました。

Rié
少しでもお手伝いできていたらうれしいです。こちらこそ本当にありがとうございました。

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