#05: 礒谷 有亮さん

アメリカでフランス写真史を研究する礒谷 有亮さんに、子どもの頃からの言語に対する興味、英語やフランス語を含む多言語の習得に使ってきた“定番”の学習法、文法を学ぶメリットなどについてうかがいました。

礒谷 有亮 Yusuke Isotani

ニューヨーク市立大学美術史学科、博士号取得候補者(Ph.D. Candidate)。専門は写真史。現在は両大戦間期のフランスにおける写真の変遷について博士論文を執筆中。

大阪出身。大阪大学文学研究科博士前期課程時にフランス、ストラスブールへ一年間交換留学。後期課程時に渡米して現在に至る。アメリカ滞在中は学業のかたわらニューヨーク市立大学各校で講師として教鞭もとる。

専門がフランスに関することなので米・欧・日を行ったり来たりしています。物心ついたころから言葉全般に興味があり、方言と標準語や各言語間、話し言葉と書き言葉の違いを考えたり、古今東西の言葉遊びやオノマトペ、語源を調べるのは今や立派な趣味に。

Emi
自己紹介、お願いできますか。

Yusuke
はい、礒谷有亮といいます。今はニューヨーク市立大学の博士課程に所属していまして、美術史学をやっています。専門は写真史、写真の歴史です。両大戦間期(第一次と第二次世界大戦の間)のフランスの写真をテーマに、いま博士論文を執筆中です。

Emi
ご専門はフランスに特化していて、現在もフランスに滞在中なんですよね。今はフランス語モード?(笑)

Yusuke
そうですね。そういう部分がある気はしますね(笑)。

Emi
使える言語はいくつ持っている?

Yusuke
日本語、英語、フランス語は生活するのに不自由ないくらいにはしゃべれます。あとは大学の学部の頃に授業を取っていたので、ドイツ語とスペイン語とイタリア語。ドイツ語はまだ読めますが、スペイン語とイタリア語に関してはもうほとんど忘れました。

Emi
日本の大学の学部時代、専門はすでに美術史だった?

Yusuke
実は、もともとは考古学にいました。第二外国語で取ったのもドイツ語で、フランス語はまったくやってなかったんです。いろいろありまして、最終的になぜか美術史に移動し、なぜかフランスのことをやって、今に至るという感じです。

Emi
考古学というのは、そうやって外国語をいろいろ知っておいた方が便利な分野?

Yusuke
どの国の研究をするかにもよりますが、僕はもともとマヤとかアステカとか、中南米のことがやりたくて、スペイン語を取りました。僕の所属していた大学では日本のことしかやっていなかったので、大学院に入ってから留学するつもりでした。

ところが、たまたま西洋美術史の授業を取る機会がありまして、「もしかしたらこっちなのかも」となって。授業の後で先生のところへ行って、「変わってみたいんですけど、いいですか?」みたいなことを聞いてましたね。

Emi
学んだ言語のラインナップはヨーロッパの主要な言語ばかり。すっかりヨーロッパに向いていたのかと思ったら、実は入口は南米のスペイン語からだった。

プロフィールによると、「物心ついたころから言葉全般に興味があり、方言と標準語や各言語間、話し言葉と書き言葉の違いを考えたり…」。もう少し詳しく伺いたいんですけど、どんなことを?

Yusuke
たぶんいちばん大きいのは、大阪出身で、大阪弁だということですね。大阪弁と、いわゆる標準語と呼ばれるものとの違いについて、わりと小さいときからよく「なんでこんなに違うんやろ」と考えていた記憶があります。それはもう肌感覚みたいなもので、ちょっと誇張するなら、「~じゃん」とか言ってるのを聞くと、なんか背中がゾクゾクして気持ち悪い。

Emi
“標準語”というか東京弁を聞く機会があって、大阪弁と言語的に比較することがあった?

Yusuke
それはたぶんテレビを見てても普通に起こることだと思うんですけど、実際の体験としてわかりやすく出てきたのは中学のときだと思います。

僕は生まれも育ちも大阪なんですけど、中学は兵庫の学校に通っていました。学校に初めて行ったとき、「しゃべってる言葉が違うぞ」と感じたんです。西宮あたりの学校だったんですけど、たとえば「~してる」というときに、彼らの語尾は「~しとう」となる。それを聞いたときにものすごく違和感があって、「この人たちがしゃべってる言葉はなんだろう。いちおう大阪弁っぽいイントネーションやけど、なんか語尾が違うぞ」みたいな。そのあたりから、「自分のしゃべってる言葉ってなんやねんやろ」と考えていたふしがあります。

Emi
中学に入って、関西圏内とはいえ自分の生まれ育った地域とは別の地域の、同い年の子どものしゃべる言葉を聞いて、違いを見つけたり、自分の話している言葉を客観的に見たりということが、敏感にできていた。

Yusuke
それはわりと無意識的にやっていた気がします。

それから、よくわからない言葉を知るのが好きでした。たとえば、小学校には必ず一人か二人、よくわからん呪文みたいなものをどっかから見つけてきて、覚えて言ってるヤツっていうのがいるんですよ。僕はそういうのが大好物で、必死になって覚えていた記憶があります。

Emi
(笑)たとえばどんな呪文?

Yusuke
詳しくは覚えてないんですけど、それこそ「アブラカタブラ」みたいな、何語かよくわからない、ただ語感だけがあるみたいな言葉。そういう類のものはすごく好きでしたね。

あとは恐竜が好きで、およそ日本語ではない、覚えにくい長い名前をひたすら頑張って覚えていた記憶があります。

Emi
話し言葉のイントネーションなど音声的な特徴、語尾などボキャブラリーにも関わるところ、恐竜の長いカタカナの名前など文字的な要素。言語というものに対して、いろんな面から興味が強かったんでしょうね。

その頃には、もう英語と出会っていた?

Yusuke
はい。小学校の頃から海外旅行に連れて行ってもらっていて、2年生で初めてグアムに行ったとき、「英語っていうものがあるんだ」「違う言葉をしゃべってる人たちがいるんだ」ということに気づいたと思います。

Emi
小学校2年生の時点で、テレビから聞こえる言語や自分の言語に対して「不思議だな」と思っているところに、さらに外国の言葉が入ってきた。

Yusuke
はい。そうですね。

Emi
ご両親も英語を話す?

Yusuke
父親が結構しゃべれました。旅行先で父親がなんかペラペラしゃべって、何かが起こってるという感じはありました。

Emi
「いつも日本で、大阪弁で話しているお父さんが、今日は英語を話してる!」というのを目撃している。

英語の学習は中学に入ってから?

Yusuke
はい、そうだと思います。

Emi
他の言語は大学に入ってから?

Yusuke
高校のとき、ヒエログリフを学ぼうとして挫折しました(笑)。その頃は考古学をやりたかったので。

Emi
恐竜から考古学、美術史に至るまでに、言語が複雑に絡んでいるわけですね。

では中学から学び始めた英語の、当時の印象は?

Yusuke
楽しかったですね、どっちかというと。中学高校は私立で、英語に力を入れている学校でした。ネイティブの先生が何人かいて、授業は発音記号から始まるような特徴的なものでした。中1から、英語の授業が英Ⅰ・英Ⅱ・英Ⅲと3つありました。1個は文法、1個はネイティブの先生による実践的な内容、もう1個はその2つの橋渡しをするような授業。結構みっちりと教育を受けていました。

Emi
文法のクラスは、おそらく一般の公立の中学でやるような、あるいは受験で使うような内容でしょう。“実践的な”クラスは、ネイティブの先生と自然に話す授業で、その間というのは、たとえばコミュニケーションのコツとか?

Yusuke
実践的な方は発音の話が最初に来るようなクラスでした。だから、その間をつなぐのは、たとえば「この発音が、どういうスペルになるのか」とか。話し言葉と書き言葉の間をつなぐような感じというのが正しいかもしれません。

Emi
3つの授業のうち、特にどれが好きだった?

Yusuke
たぶん発音とかをやる授業がいちばん好きでした。当時、まだ録音機器がテープだったんですけど、学期が始まったときに、ネイティブの先生がすべての発音を吹き込んだテープをもらえたんですよ。それぞれの発音記号に対して、2回ずつぐらい、間を空けて発音してくれていて、僕はそれをひたすら聞いていました。ひたすら聞いて、その微妙に空けてくれている間に合わせてひたすら繰り返していたんです。姉の部屋が隣だったんですけど、「あんた、またブツブツ言ってたやろ」と、よく言われました(笑)。

Emi
(笑)
その発音練習は、フォニックス*のようなイメージ?「先生が発音する、間が空いている」というテープの後に付いて、リピートをしていた?
*Phonics:文字ごとの発音(音素)を覚えることによって主に単語を読む力を促す方法。

Yusuke
ひたすら、やってました(笑)。

Emi
それ、何がおもしろかったんでしょう?

Yusuke
「こういう口の動きをしたら、こんな音が出る」という感じと、あとは、「聞こえてくるのと同じ音が出ないのは、なんでやろ」みたいなのを、ひたすら考えながらやるのが楽しかったんだと思います。それが徐々にうまくなっていく。そこにおもしろさを見出していたのかなという気がします。

Emi
日本語についてもかなり音に敏感な子だったが、英語でも、ネイティブの先生の発音をすごく細かく聞いていた?

Yusuke
聞こうとしていたんでしょうね。

Emi
英語学習的には「調音」と呼びますが、口の形や舌の位置、息の出し方などに対する探求心みたいなものがあった?

Yusuke
あったんでしょうね。たぶん、なんかおもしろかったんだと思います。たとえば日本人には難しいと言われる ’th’ の発音は、本当に「テープが擦り切れるんじゃないか」というぐらいやってました。

Emi
たとえば ’th’なら「歯と歯の間に舌をはさんで」など、発音の仕方を知ってから真似るのではなく、「聞いた音と同じ音を出そう」としていた?

Yusuke
「どういう口の形をすればいいか」というのも、ある程度は最初に授業で教えてもらっていました。それを踏まえて、家で、自分でいろいろ試してみたという感じです。

Emi
自分の話す言葉を、常にもう一人の有亮さんが観察しているような感じ?

Yusuke
はい。日本語でしゃべっていても、「あ、また同じ言葉を使ってる」「最近ずっと同じようなパターンの、同じような言葉づかいしかしてないから、気持ち悪い」というのが、昔から結構ありました。

Emi
中学から始まった英語学習は、ずっと楽しく、英語が好きなまま進んでいった?

Yusuke
そうですね。中高大一貫の学校で、基本的に受験がなかったんです。そういう意味で、変なプレッシャーがまったくなく、わりとのびのびと好きなように英語を勉強できる環境だったと思いますね。

Emi
「英語科」という受験科目の印象は薄く、初めから「この言語を使う人々が、この世にいるんだ」という意識があった?

Yusuke
まさにそうです。

Emi
英語を実際に使うのはいつごろから?

Yusuke
中学の授業の一環で、ちっちゃいスキットを英語でやるみたいなことは多少ありましたが、たぶん本格的に使ったのは、高2の時だと思います。

うちの学校では、高校にも英語のクラスがいくつかあって、その1つに「習熟度別クラス」があったんです。なぜか僕は、いちばん上の帰国子女しかいないクラスに放りこまれまして。周りはみんなペラペラ、先生はアメリカ人。英語で延々45分間しゃべり続ける。みんなはなんか楽しそうに英語で返してる。

それで、「もうこれはどうしようもないぞ」と思い、先生のところに、「先生、僕ちょっとどうしようもないので、お昼休みに毎日来てもいいですか」と言いに行って、英語をしゃべる時間を作るようにしていました。

Emi
周りは帰国子女、おそらくバイリンガルの、ネイティブに近いような人たちの中に入れられて、「わ、大変なところに入っちゃった」というショックから、自ら先生に、授業とは別に補講を頼みに行った?

Yusuke
そうですね。まあ補講というより、単にしゃべりに行くみたいな感じでした。昼休みに時間をとってもらって、一緒にごはんを食べながら英語をしゃべるみたいな感じのことをやってもらってました。

Emi
アメリカ人の、大人の先生を相手に、ごはんを食べながら、自然に会話をする時間を自分で作った。

Yusuke
自然に会話ができていたかどうかは、ちょっと疑問ですけど(笑)。

Emi
そこで先生と会話しながら、クラスにも溶け込んでいった?

Yusuke
どうでしょうね。何かやろうとはしたんですけど、結局そこでうまく身に付いたという感覚はあんまりありませんでした。だから、他の授業は楽しかったんですけど、その授業だけピンポイントで、最後まで結構苦しかったです。

Emi
「習熟度別クラス」の内容は?

Yusuke
他のクラスは文法などをやってたみたいなんですけど、その“ほぼネイティブ”みたいなクラスは、ディスカッションとかプレゼンテーションとか、ちょっともう、「アメリカの授業ですか?」みたいな雰囲気でした。

Emi
「努力はしたけど、あんまり伸びた感じはしなかった」というお話でしたが、では英語が伸びたのはいつ?

Yusuke
大学に入ってからじゃないかなと思います。勉強はコンスタントにしていましたが、大学生協で見つけたNHKのラジオ講座のCDがうまいこと肌に合っていたようで、そのあたりから、わりとしゃべることを意識的にやり始めた気がします。

中学校の時のテープと同じで、CDをひたすら何回も繰り返し聞きました。発音を延々やっていたのと重なりますが、その頃、シャドーイングという方法に出会ったので、CDをひたすらかけて、ひたすら真似するということをやってましたね。

Emi
シャドーイングというのは、通訳訓練にもありますが、流れてきた音声に付いていくようなかたちで繰り返す練習方法ですね。中学の時に単音でしていたのと同じことを、今度は文で?

Yusuke
(笑)そうですね。ほぼずっと同じようなやり方をしています。

また、ちょうどそのぐらいのタイミングで、姉がアメリカに留学していました。姉は僕の目から見て英語がペラペラにしゃべれる人だったので、「あ、なんかカッコいいな」「こうなりたいな」みたいなのがありました。

Emi
「お姉さんという身近な存在の人が、英語ペラペラ」というのもモチベーションにつながっていた。

CDに付いて言うことから、「英語ができるようになってきたな」と自覚するようになった?

Yusuke
そうですね。もちろんその前にも、受験英語や、英語の特殊なクラスをたくさん受けた経験があったので、できる自信がなかったわけではないんですが、意識的に使えるものとして考え始めたのは、大学になってからじゃないかなと思います。

Emi
おそらく有亮さんのアンテナは目が細かいので、日常的に拾い集めたものが蓄積されていた。それと、授業で習ったこととが、ひとつにまとまってくる感覚があったのでは?

Yusuke
まさにそうだと思います。

Emi
日本語をしゃべっているところへ、英語を載せて、さらにその上にドイツ語を載せたときは、どんな印象だった?

Yusuke
「英語と全然違うな」というのが第一印象でした。それまでは、「外国語って全部英語みたいなもんやろ」と思ってたんですけど、授業を受けてみると、音も違うし、文法も違うし、字面も違う。「あ、全然違うものっていうのは、まだ世の中にいっぱいあるんやな」と思った記憶があります。

Emi
大阪から兵庫に広がり、そのあと英語の世界に広がって、もうこれで網羅したかと思ったら、違う言語が発掘された(笑)。

ドイツ語の学習は、やはり同じように音から入った?

Yusuke
音からの部分もあると思うんですけど、やっぱり文法だと思います。英語に関してもそうです。もちろん音の部分が好きなのは好きなんですが、基本的に文法をかっちりやりたいんですよ。だから、実はいわゆる受験英語的なものも嫌いではありません。文法のベースがしっかりあって、「どういう構造でその言語が動いてるのか」というのを理解してからの方が、腑に落ちるところがあります。

Emi
文法が嫌いな人や、「どうにか文法をやらずに、英語ペラペラになりたい」という希望を持つ人は多い。文法好きの有亮さんから見て、「文法のおもしろいところ」「文法をやっとくといいぞというところ」はどこ?

Yusuke
やっぱりちょっとパズル感覚があるのが、おもしろいところかな。たとえば「これが来たら、必ずこの後はこういうかたちになる」という規則がある程度わかってくると、いろんなところで、自分で予測して組み替えられるようになってくる。ちょっと訓練は要りますが、あんまりしゃちほこばって考えすぎないで。まぁスポーツみたいなもんですよね。「なんらかのルールがあって、それを覚えて試合を見るとよくわかる」という感覚で軽めに捉えて、「文法でもちょっと見とくか」ぐらいの感じでやるのがいいんじゃないかなと思います。あまりにも「文法文法」でゴリゴリになってしまうのではなくて。

Emi
“文法アレルギー”という人がいるくらい、文法には、どうも「難しそう」「堅そう」というのが付いてしまっている。そうではなく、もう少し軽く考えて、「知っとくと、よりおもしろい。よりよくわかるかもよ」というような気持ちだと、気楽に学習が進むかもしれないですね。

Yusuke
文法は、英語を実際にしゃべるときにも有効です。発音やテンポについては、ネイティブに比べるとできないのは当然。でも、ある程度自分の中で「文法的にちゃんとしてる」というのが確信できていると、それはすごく自信につながりますよね。文法は、しゃべるときの土台、拠りどころにもなり得るんじゃないかなという気がします。

Emi
文法は、ノンネイティブの強みでもある。そう考えられるようになると、むしろ有利に使える。

日本語、英語、ドイツ語を学んできて、フランス語はどのへんで、どんな学習から入ってくる?

Yusuke
やり始めたのは大学の3回生のときです。当然、フランス語は大学の第二外国語の選択肢に入っていたんですけど、「こんなチャラチャラした言語なんかやるか」と思っていて、「もっと硬派な言語を選んでやる」みたいなノリでドイツ語を選びました(笑)。

さっきお話ししたように、途中で専門が美術史に変わったんですが、それが2回生の夏ぐらいでした。それでいろんなものを見てるうちに、「あ、フランスのことがおもしろいんじゃないか」と思い始めて、3回生から本格的にフランス語をやり始めたという感じです。

学び方については他の言語のときと似通っていて、基本的には文法をかっちりやって、コンポの前でひたすら発音を繰り返して。(笑)まずそれで土台を作るというのが、もうその時には、自分のやり方として確立してましたね。

Emi
すでに英語、ドイツ語を経た後なので、もう「定番の学習方法」みたいな感じで、フランス語に入っていった。

いろんな言語で“学習はじめ”を繰り返すと、たとえばフランス語に入ったときには、前回の言語よりも学習がスムーズで速く進む感覚がある?

Yusuke
はい、ありましたね。

Emi
これは日本でもアメリカでもなかなかない感覚。たとえば日本人なら「日本語と英語ができればじゅうぶん」、アメリカ人なら「英語と外国語一つができればじゅうぶん」という傾向が強いが、ヨーロッパ人はいくつも言語を渡り歩くというのが、自然にできている。

有亮さんも、「一つ言語ができたら、二つめ三つめはより簡単」みたいな感覚がある?

Yusuke
はい、あると思います。

Emi
3言語のバランスは、どんなふうに取っていた?

Yusuke
日本語は、まぁ何も考えなくても使える言語。ただ、イントネーションが自分の中で気持ち悪いので、いわゆる標準語はしゃべれません。(笑)たとえば学会発表する場合、発表自体は原稿を読むので、いわゆる標準語のイントネーションとアクセントでできるんですけど、質疑応答になってスクリプトがなくなると、いつものイントネーションと発音に戻る。それを無理やり標準語に変えようとすると、自分の中で気持ち悪さが溜まってきて途中で嫌になるんですよ。

英語とフランス語については、基本的に土台を置いているのがアメリカなので、やっぱり英語がいちばん必然的に使わないといけない、使う必要のある言語。まぁ英語もフランス語も使う必要はあるんですが、英語は特に「書くために使う言語」という感覚がすごく強い。フランス語は、読んでるものがだいたいフランス語なので、「読むもの」という感覚がすごく強いですね。

Emi
いま現在の有亮さんの使用バランスですね。アメリカの大学に在籍している、フランスが専門で今もフランスに滞在中の、日本語母語話者という立場で、日本語は「考えなくても、いつでも出せる言語」。英語は「書く言語」。

Yusuke
書くことに重きが置かれてる感じがあります。

Emi
フランス語は「読む言語」。

Yusuke
どちらかというと。ただ、それが結構パチパチ切り替わります。話すうえでも、英語をしゃべってるときとフランス語をしゃべってるときとでは、やっぱりちょっと感覚が違うので。

Emi
どんなふうに違う?

Yusuke
たぶんそれは、「どうやってその言語を学んだか」に関わっていると思います。英語の場合は、それこそ中学校ぐらいからカチカチ土台を積んできて、要は日本的なところが土台にあって今に至っている。なので、わりと…、なんて言ったらいいんでしょう、うーん。ま、どの言語をしゃべるのも頭を使うんですが、もっと頭を使ってもっと理屈っぽく考えている。

フランス語は、どちらかというと、ぼんやりやった状態です。大学のマスター(修士)1年のときにポーンとフランスへ交換留学に行って学んだので、「現地でなんかしゃべれるようになった」という感じの言語。なので、フランス語をしゃべってるときの方が感覚的ですね。

それはたぶん、フランス語の習熟度が、英語の習熟度に比べると低いからというのもあると思います。「内容が単純になるので、感覚的に言えちゃう」というのが正しいですね。英語の場合は、やっぱり自分の専門のことを考えたり書いたりするのに使うので、そのぶん小難しいことを言おうとするというか。

Emi
「英語は書く言語、フランス語は読む言語」というのが、リスナーにどんなふうに伝わるかわかりませんし、捉え方は自由でいいと思いますが、いわゆる「4技能」の違いのお話かなと感じました。「読み・書き・聞く・話す」と、並列で語られますが、やはり「書く」というのは、何といっても自分発信で、専門性が高かったり内容が高度なものであったりして難度が高い。文法も細かいところまで注意しないといけない。それが「英語の習熟度とフランス語の習熟度の差」に関わっているのでは。

いちばんラクに使える外国語は英語ということ?

Yusuke
そうですね。やっぱりアメリカに滞在して結構時間が経ってますし、生活に染みついてる感じはありますね。

Emi
…ではありながら、ご本人の中では「英語を使うときは、頭を使っているな」という感覚がある?

Yusuke
ありますあります。すごくあります。

Emi
おそらく周りから見たら、有亮さんはフランス語も英語もラクに使っているように見えていると思うんですけれど。

Yusuke
いやいやいや。

Emi
フランス語は、交換留学に行って、いわばサバイバルみたいな感じで習得した?

Yusuke
まさにそんな感じです。フランスに行った時点では、ほとんどできませんでした。多少、「これがほしい」とか、「こうしたい」とか言うことはできても、相手が何を言ってるか全然わからない。交換留学なので、大学の授業にも出るんですが、「もうまったく何が行われているのか理解できない」みたいなことは、しょっちゅうありました。

Emi
フランス語の学習も留学目的になっていた?

Yusuke
そうだと思います。交換留学だったので、留学先でがっつり学位を取る必要はありませんでした。僕が途中で目的を切り替えたというのもあります。「1年ぐらいしかないんだから、もう語学の習得に集中しよう」と(笑)。

Emi
なるほど。交換留学って、最初は野望がいっぱいありますからね。1年間であれもこれもできると思ったら(笑)

Yusuke
意外とそんなことはなかったので。

Emi
1年間フランスで語学に集中して、留学が終わる頃には、フランス語はわりと自由に使えるようになっていた?

Yusuke
まぁ今から考えるとそうでもないとは思うんですけど、その頃は、「もうこれでたぶん何とかなるんだろう」みたいな感じになってたと思います。

Emi
フランスに行く前と後とを比べると、すごく成長した?

Yusuke
そうですね。そういう感覚はありました。

Emi
その後、アメリカに留学する。「ヨーロッパの美術史をやるのに、アメリカ留学」というのはよくある話?

Yusuke
ないことではないですけど、やってる人は少ないと思います(笑)。

Emi
(笑)でもなにか理由があって、そうされてるんですよね?

Yusuke
これは完全に、人のご縁がたまたまつながった結果です。僕がちょうどフランスでの交換留学から日本へ帰国したタイミングで、アメリカから集中講義に来てる先生がいらっしゃったんです。彼は、いまの国籍はアメリカなんですが、もともとフランス人で、僕は彼のTA(ティーチング・アシスタント)みたいなことをやっていました。フランス語と英語の入り混じったような感じで、いろいろ世話をしていたら、ものすごく仲良くなりまして(笑)。

その彼が「アメリカに行くのはどうだ」みたいなことを初めて言ってくれたんです。ふたを開けてみたら、彼と今の僕のアドバイザー(指導教員)が博士課程時代の同級生だったりと、うまいこと全部つながって、気づけばアメリカにいた、という感じです。

Emi
日本で出会った美術史の先生がフランス語のネイティブで、アメリカからやってきていた。そこで英語とフランス語の混ざったような言語でコミュニケーションをとっていた、というのが始まり?

Yusuke
そうですね、普通にしゃべるのはフランス語で、ちょっとオーディエンスが増えた場合は英語、みたいな感じで切り替えながらやってました。

Emi
日本語からだんだんヨーロッパ言語に広がっていった有亮さんの世界へ、日本に居ながらにして、今度はノンネイティブの英語、しかもフランス語ベースの英語が入ってくる。

Yusuke
それはもう環境さまさまだと思います。所属が西洋美術史なので、いろんな言語をできる人がいました。かつ、先生が結構厳しい方で、「自分の専門に関わる言語ぐらいは、問題なくできるようになっていないといけない」というタイプなんですよ。それがあったので、先輩にはイタリア語がペラペラの人もいれば、デンマーク語ペラペラの人も、チェコ語ができる人も、オランダ語の人もいるという状況で、ものすごく多彩でした。だから、ごくごく当然かのように、言語を勉強してましたね。

Emi
研究に必要であったり、それを当たり前にやっている人が当たり前にいる環境なので、「自分が二つ三つと言語を使い分けることも、まあ当たり前だ」と感じていた?

Yusuke
たぶん、「せなあかんのやったら、まあやっとこう」とか、そんな感じでしょうね(笑)。

Emi
嫌いじゃないし(笑)。

Yusuke
そうですね、勉強すること自体が楽しかったです。

Emi
縁あってアメリカ留学が始まって、英語の環境になる。そのときは、フランス留学でフランス語のときに感じた第一歩と、何か違いがあった?

Yusuke
最初はたぶん「一回フランスでいろいろ経験してるから、大丈夫だろう」と思ってた部分はあるんですが、全然そんなことはなくって(笑)。

交換留学の、なんとなく責任のない状態とは条件がぜんぜん違うというのもあったと思うんですけど、もう授業は何を言われてるかわからないし、ディスカッションには参加できないし。最初は結構ひどかったですね。

Emi
英語の面では、日本の大学で積み上げてきたものもあって、ご自身としても「わりとできるだろう」という感覚があった。留学についても、すでにフランスで経験済み。合わさって、「アメリカで、英語で、留学」となったとき、やはり一歩めの難しさを感じた。

そのとき、どんな対策を?

Yusuke
とりあえず、まずは自分のよくやってる方法の原点にかえりました。文法を確認し、単語を覚えなおし、ひたすらシャドーイングをやり…。なんかもうそのあたりは、自分の中でぶれないらしくって。

Emi
日本で自ら編み出して使ってきた定番の方法に戻って、基本中の基本である「文法の確認、単語の確認、繰り返し言う」というのを、もう一度やった。それは功を奏した?

Yusuke
たぶん安心感をどれだけ持てるかというところだと思います。今まで何回もやってきたことをもう一回反復してやることで、「あ、できるかもしれない」という感覚になるんですよ。「できるかもしれない」という感覚になると、できることが増える。なので、精神的な効果を狙ってやってる部分があると思いますね。やっぱり気の持ちようで、しゃべる内容も、しゃべるときの態度も変わります。「できない」と思ってしまうと、本当に何もできなくなりますから。

Emi
「気の持ちよう」というのは、簡単なようですごく難しいんですけどね(笑)。

たとえば第二言語習得の世界では「アフェクティブ・フィルター」と呼びますが、言葉が発しにくいような感情になってしまうと、持っているものも出せなくなってしまいます。また、脳は危機感を覚えると、新しいことを学習したり細かいことを考えたりする余裕がなくなってしまいます。

やはり自分がこれまでやってきたことや、すでに知っていることを、自分で発掘している感じですね(笑)。

Yusuke
(笑)そうですね。やっぱり所詮、自分の中にあるものしか使えないので、それをどううまいことモチベーションとして使えるようにするか。結局自分にとっての語学の習得って、そこに集中してたのかなという気がします。

自分の方法論をちゃんと作って、「これをやっとけば、たぶんなんとかなるんだろう」みたいなところをどうやって固めるか。それが語学を習得するいちばんの近道なんじゃないかなと思います。変にいろんなところに行って「近道はどこか」と探すよりも、「どれがいちばんやりやすいのかな」というのを自分で一つ一つ試していって、合わないものは捨てて、合うものだけ残して、それを組み合わせて定番みたいなものを作っちゃう。すると、文法の話でチラッと言ったとおり、ある種の自信みたいなものができてくる。核ができると、やっぱり強いですよね。

Emi
特に初学者の場合は、どこかから学習方法をもらってくるしかやりようがないけれど、それを試してみて「自分に合っているかどうか」「楽しめるかどうか」「続けられるかどうか」、あるいは「効果があるかどうか」を取捨選択していくということですね。

Yusuke
そうですね。

Emi
それを皆さんにも気づいていただけるといいんですけどねぇ(笑)。

なにか、万人向けの、One-size-fits-allな学習法があるかのように思われているふしがあります。「どこかに、誰にでも効く魔法の学習法があって、それを私だけがまだ知らないんだ」と。でも実際には、「自分にはどうか」という落とし込みですよね。

Yusuke
「自分にとって自然と思える方法を、どうやって見つけられるか」というところに懸かっているような気がします。

Emi
アメリカに住んで読み書きや研究を英語でする、あるいはフランスに滞在してフランスの文献に当たってフランス人と話すという、第二言語や異文化についての理解と経験が豊富な有亮さんの目に、「日本で、日常的に使わない英語を学習すること」、日本の英語教育や英語学習者はどんなふうに映っている?

Yusuke
うーん、難しい質問ですね。

極端な話、必要性がなかったり、やらされているような感じなら、無理にやる必要はないのかなという気がします。今はいろんなツールがありますし、もちろん英語がしゃべれてどうにかなることも増えてはいますが、正直、英語がそんなに流暢でなくても、なんとかやっていける部分が結構あると思います。そういう意味では、「英語を捨てる」という選択肢も、もしかしたらゼロではないのかな。

一方、英語をしっかりやりたいのであれば、なにかしらモチベーションがないと続きません。僕の場合は、「なんか違う言語をやってみたい」とか、「姉がしゃべってるから、しゃべれるようになりたい」、「クラスにしゃべれるヤツがいて、ちょっと悔しいから自分も」とか、そういうのがわりとコンスタントにあったので、興味がうまいこと続きました。モチベーションをどこに置くかが大切です。「受験のために」みたいな感じでは絶対に何も残らないので、自分自身と本当に関わるようなかたちでモチベーションを設定できるといいんじゃないでしょうか。

Emi
「やらされてる」「要らないのにやる」ではなくて、ですね。逆に、「まったく要らない」「まったくやる気がない」なら、やめてもいいんじゃないの?と。

Yusuke
(笑)はい。その時間を別のことに使えばいいんじゃないかと思います。

Emi
裏を返すと、もしそれだけのモチベーションや必要性があるのなら、「本人の選択として、英語をやっていく」というのもある。

Yusuke
無理する必要はないと思いますよ。

Emi
世の中、外国語だけじゃないですからね。

Yusuke
それに、外国語にもいろいろあって、英語がすべてってわけでもないですから。

Emi
本当にそうですよね。言語学習が目的になってしまうのではなくて、「何か目的を達成するために言語が必要だったら、そのときに考える」。

Yusuke
だから、「近道はないか」と思っているうちは、必要性を感じていないということじゃないかと思います。結局、モチベーションがあって、何かやらないといけないときって、近道を探す余裕もなく、目の前にあるものを、なんとかやるしかなくなってくると思うんですよ。

Emi
夢中になっている間は、もう、「やる」以外の選択肢がない。「そのくらいの本気度があるかどうか」と自問してみるのも、いいかもしれないですね。

英語に憧れて、「いつかペラペラになれたらいいな」という人が、「じゃあ自分はどこへ向かっていきたいんだろう」「自分がやりたいのは、本当に英語なんだろうか」と問うきっかけになるようなお話が聞けたと思います。本日はありがとうございました。

Yusuke
ありがとうございました。

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