#11. 四宮 貴久さん(俳優、ダンサー、演出家)

俳優、ダンサーとして日米を中心に世界で活躍する四宮 貴久さんに、英語が好きではなかった中高生時代の思い出、アメリカで受けた“洗礼”、英語の台本をきちんと理解して表現することなどについてうかがいました。

四宮 貴久 Atsuhisa Shinomiya

米俳優協会AEA、SAG、AGVAに所属。国立音楽大学在学時に見たアラン・ジョンソン演出「ウエスト・サイド・ストーリー」に感銘を受け卒業後渡米し、その3年後にスイスにて同氏のもと出演を果たす。NYでは渡辺謙主演「王様と私」ほか、全米ツアーや地方公演など多数出演。日本では東宝「ミス・サイゴン」ほか、愛媛の坊っちゃん劇場にて主演した「誓いのコイン」はロシアに招聘されモスクワ、オレンブルクにて好評を博す。また自ら米作品を翻訳し、演出、振付、指導など多岐に活動。その中でも米新作ミュージカル「TRAILS」は、東京にて開かれたグリーンフェスタ2015にてBIG TREE THEATER賞を受賞する。

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Emi
自己紹介からお願いできますか?

Atsu
はい。四宮貴久と申します。ミュージカルを中心に、俳優として舞台や映像の仕事をしています。

Emi
俳優としてご活躍。日本以外の外国での公演にも出演されているんですよね?

Atsu
東京の音楽大学を卒業した後、すぐニューヨークに留学して、それからオーディションを受けて仕事をするようになりました。ニューヨークに6年半、ロサンゼルスに2年。その後日本で何年か仕事をして、近年はブロードウェイでやっていた『王様と私』に出演。2015年からはまたニューヨークに住んでいました。アメリカで受かったオーディションがきっかけでスイスや韓国で公演したり、はたまた日本のプロダクションからロシアに行ったり。ほうぼうをジプシーのように移動してます。(笑)

Emi
(笑)すごいですね。世界を股にかけての公演。たとえば韓国やロシアは英語圏ではないですが、仕事上はずっと英語を使っている?

Atsu
そうですね。「英語はまさしく共通語だ」と、身をもって体験しております。(笑)

 

最初は「英語を使って遊ぶ」という感覚で

 

Emi
アツさんが英語に出会ったのは、いつどこでですか?

Atsu
小学校の1年生ぐらいからしばらく、母親が英会話の塾に自分を行かせていたんです。カードを見せて「ant」とか「apple」とか言うような(笑)。中学では学校で英語を習いますよね。その後、音大に行ってから英語を習う機会はありませんでした。まぁ本格的に英語に触れるようになったのは、やっぱりニューヨークに行ってからですね。

Emi
いちばん最初は小学校1年生で、日本の子ども向け英会話教室。「絵を見て、発音を練習する」というようなクラスに通っていた。

本人の意思というより、お母さまに連れていかれた?

Atsu
そうですね。自分に選択権はなかった気がします。(笑)

Emi
(笑)
その教室で初めて英語に出会った。その時の印象は?

Atsu
そのときは、「学ぶ」というより「遊びに行く」という感じでした。やってることは簡単で、文法を学ぶよりも「英語を使って遊びましょう」という雰囲気でした。

Emi
「楽しい」「おもしろい」という印象。そこに何年か通っていた。

Atsu
そうですね。それを何年やったかがちょっと思い出せないんですけれど(笑)、中学に入ってからはやっていなかったのを覚えています。

Emi
小学校のどこかの時点まで続けていて、中学に入って学校で英語が始まる頃には英会話の教室には行かなくなっていた。

 

英語を学ぶ必然性が感じられなかった

 

Emi
中学1年生で英語の授業が始まったときの印象は?

Atsu
最初の英語のクラスは、はっきり言って簡単に感じました。中学校で初めて開く英語のテキストなんて、ABCから始まりますから。小学生のうちに触れていた基礎知識があるので、「ああ、こんなもんか」と思っていたら、「お、だんだん難しくなってきたぞ。」(笑)

Emi
小学生で通っていた英会話教室の“貯金”があるので、最初は「簡単だな」と思っていたら、いつの間にか難しくなっていった。

「難しいな」と感じたのは、たとえばどんなところ?

Atsu
うーん。たとえば関係代名詞とか。「言葉の作り方」や「イディオムを覚える」など、やることが多くなっていったから、難しさを感じたんですかね。

Emi
英語と出会った英会話教室では「楽しいな」「遊びみたいだな」という感じだったのが、中学に入って「勉強」という印象にガラッと変わった。文法やイディオムなど、「覚えることがたくさんあるな」と思うようになった。

Atsu
それに、英語を勉強しなきゃいけないのはテストのためであって、自分の生活で必要のないことだったというのもあります。いまは実際に英語をしゃべることが必要だから、習う意思も学ぶ意思もついてきますけど、そのときは、「これテストしますよ」と上から言われたことに解答しているだけなので、「必然性を感じられなかった」というのが大きいかもしれません。

Emi
なるほど。中学生のアツさんは、先生に言われるままに英語を覚えたり問題を解いたりしながら、「これをやってどうなるのかな」と、ちょっと納得いかないところがあった。

Atsu
そうですね。ずっと受動的でした。(笑)

Emi
それは英語に限らず、他の教科もそうだった? 英語は特にそう感じていた?

Atsu
やっぱり、苦手なものほど抵抗感があったと思います。

Emi
え? ということはその時点で英語はもう「苦手な教科」になっていた?

Atsu
はっはっはっは。高校では、あんまり好きじゃなかったかな。他の教科と比べたら、英語は真ん中ぐらいだったかもしれないです。

やっぱり自分の興味がだんだん音楽などの方に移っていったので、いちばんプライオリティが高いのは音楽。で、いちばん嫌いなのは数学。

Emi
(笑) はっきりしてる。

Atsu
でも英語は文系なので、まだいい方でしたね。

Emi
たとえば中学1年生をスタートとすると、その時点では習う前から知ってることがあるので、英語は他の教科と比べて「好き」「得意」の方だった。ところが、だんだん順位が落ちていって、高校に入る頃には「真ん中」か「やや苦手」まで行ってしまった。

Atsu
まさしくですね。社会や国語が勝ちました。

Emi
ああ、抜かれたんですね。(笑)

Atsu
(笑)

Emi
中学の最初の時点で「文法など、覚えることが多いな」という印象だったとすると、高校になってますますその傾向が強くなっていたのかも。

Atsu
そうですね。

Emi
高校生のときは、英語があんまり好きじゃなかった。でも、授業はあるし試験もある。どんなモチベーションでこなしていた?

Atsu
英語の中でも、「英語I」「英語II」「英語III」と、それぞれ違う先生に教わっていたのですが、先生の影響って大きいと思うんですよ。個人的に好きな教え方であればついていきたくもなりますし、「淡々と、言われることをただただ書き取る」というやり方だと、こっちも乗ってこない。いい先生に引っ張られることが、自分がついていくモチベーションを作ってくれたと思います。

Emi
どんな先生が教えるかによって、英語の中でも比較的楽しいクラスと、そうでないクラスが分かれてきた。

Atsu
先生の影響は少なからずあります。

Emi
一方的に教える先生や、覚えることがたくさんあるクラスはあんまり楽しくなかった。比較的楽しかったのは、どんな教え方の先生だった?

Atsu
参加することが多い授業です。ただ板書が続いたり、ただ覚えるだけじゃなくて、会話などの機会があると、「自分は授業に参加している」と感じられました。

Emi
座って聞くだけのクラスと比べて、英語を使って他の人と話したり、自分の考えを言ったりする機会があると楽しく感じられた。

 

音楽大学での外国語学習

 

Emi
日本の大学受験科目には英語がありますが、その準備はどうだった?

Atsu
特に一生懸命勉強するわけでもなく、まあ無難にやりました。進学先は音楽大学だったので、受験は一般教科よりも実技的なものが中心。歌やピアノ、聴音などに重きを置いていたので、英語は普通のテスト勉強にちょっとプラスした程度でした。

Emi
なるほど。「さほど配点が高くないので、最低限こなした」という感じ?

Atsu
そうですね。

Emi
「大学では、英語を使っていなかった」というお話でしたね。

Atsu
もともとオペラをやりたくて音楽大学に行ったので、主流はイタリア語、ドイツ語。外国語選択の第一にドイツ語、第二にイタリア語を取って学びました。

Emi
ドイツ語の学習はどうだった?

Atsu
今しゃべれるかといったらしゃべれないですけど、ドイツ語は「Ich liebe dich*」のようにストラクチャーが英語と同じで、文法が似ているので助かりました。イタリア語は女性・男性で語尾が変わったりするので、「これは英語より大変だ!」と思いました。
*英訳: ”I love you”

Emi
ドイツ語とイタリア語を学ぶにあたり、英語でやってきた学習の仕方を使ったり、「英語の文法と似ているか、違うか」と照らし合わせたりして学んでいた。

音楽大学での外国語は、文法を覚えるところから学んでいく?

Atsu
そうですね。本当に英語の教科書と同じような、中学レベルから入っていく感じです。

Emi
「中学での英語は、文法から入って覚えることが多くて、あんまり楽しくなかった」というお話でしたが、同じようなプロセスを、ドイツ語やイタリア語で通ったときはどうだった?

Atsu
ああ、それはもう必修教科なので、必然的にやらなきゃいけないというか。自分にとって大切なのは発音でした。やっぱり歌でその言葉を使うから、フィジカルなところの方が自分としては楽しいと思えるし、そっちが大切。しゃべることや勉強的なものは二番目にでてくる感じでしたね。

Emi
「音楽で使うために学んでいる」というのが前提にありますからね。「この発音を覚えて、歌で使うんだ」と考えていた。それが中学の英語とは違った。

Atsu
本当は言葉も両方がんばった方がいいんですけれど、その時の自分はそこまで気づけなかったです。(笑)

Emi
まあ、でもそういうもんですよね。使わないものをやらされるのに、それに対して「やる気を出せ」と言われても、なかなか難しい。

 

ミュージカルを学ぶために、英語をやりなおす

 

Emi
また英語を学び始めるのは、いつ頃?

Atsu
留学してからです。語学学校でESL*を学んでから、ミュージカルの専門的な学校に移りました。
*English as a Second Language

Emi
大学を卒業してすぐアメリカに留学。ミュージカルの専門的な学習を始める前に、ESLに入って、4年ぶりに英語を学んだ。そのクラスはどうだった?

Atsu
楽しんでいました。朝から夕方まで、一日6~7時間授業を受けました。ブラジル、韓国、中国など世界中から集まった学生が円になって、コミュニケーションをとっていかないと進まない授業。日本の勉強の仕方とはスタイルも違いました。先生から一方的に言われるんじゃなくて、学生同士、そんなにしゃべれない人たちが一生懸命コミュニケーションを取ろうする。そこから始まったので、お互いに大変さがわかって、気持ちでつながる感覚がありました。

Emi
アメリカで、朝から夕方まで丸一日、毎日ESLのクラスを受けた。そこには世界中からいろんな人が集まっていて、お互いに不自由がありながらも、なんとか英語でコミュニケーションを取っていた。「辛い」「難しい」ではなく、わりと楽しい印象だった。

Atsu
はい。それが最初です。「英語は必要だ」ということがわかっていたし、複数の教科を学ぶわけではなく、「英語」を習いに来ている。だから「やらなきゃいけない」と思っていました。

Emi
日本の中学高校とは違う面がいくつもあった。アメリカに来て、「この後ミュージカルの勉強をするために英語が必要だ」というのは重々承知している。また、先生から一方的にもらう情報を吸収するタイプの学習ではなくて、「ここにいる人たちとなんとかコミュニケーションを取っていかなきゃいけない」という気持ちがあったから、前向きに学習できた。

ESLに通ったのはどれくらいの期間?

Atsu
はっきり覚えていないですけど、4~5ヶ月くらいですかね。

Emi
アメリカに来たばかりの時と、4ヶ月後とを比べて、自分で変化を感じたことはあった?

Atsu
それは大きいですね。

 

アメリカに降り立ち、「なんとなく、わかったふり」

 

Emi
たとえば最初、アメリカに来たばかりでESLを受ける前にも、街で英語を使う機会はありますよね。そのときはどうだった?

Atsu
うーん。やはり相手が話していることがわからない。お店に行っても、自分がわかっていない分、こちらが発言することは少なくなりますよね。少しずつ慣れていって、自分からも発せられるようになっていって、生活が少しずつ楽になっていきました。

Emi
最初は「何を言われているかわからないので、返事のしようもない」というような感じ?

Atsu
そうですね。初めて単身でアメリカに着いて、JFK空港で「これに乗っていけばマンハッタンに行けるぞ」と説明を受けてタクシーに乗ったんですが、自分がその会話の中でうまく説明できなかった部分もあって、白タクに乗ってしまったんです。

Emi
おお、大変。

Atsu
「$35でマンハッタンまで連れて行ってやる」と言われて、「ああ、それなら他の料金と同じだ」と思いました。「その前に止まっていたリムジンがいっぱいだから、『こっちに乗れ』と言われた」と勝手に解釈してしまったんですが、それが間違いだったんです。「白タクは危ない」と聞いてはいたんですけど、人も良さそうだし乗ってしまったら、降りるときに「$135」と言われました。

Emi
おおお。

Atsu
それが最初でした。コミュニケーションがちゃんと取れていないのに、勝手に憶測で動いてしまった。本当に危ないとわかっていたなら、「乗らない」と拒絶することもできたかもしれないですけど、ヘンに信用してしまった部分もあるし、なんとなくわかったフリ的な間違いのせいで、自分自身に負のことが起きてしまう。生活に慣れてしゃべれるようになってくると、そういったことを回避できます。

Emi
それを、アメリカに降り立って数時間のうちに経験した。すごい洗礼を受けましたね。(笑)

Atsu
(笑) 最初のアドベンチャーでした。

Emi
聞き取れないのに、なんとなくわかったフリをして乗ってしまった。金銭的な被害と同時に、精神的にもショックを受けた。その経験から、「英語をちゃんとやらなきゃいけないな」という気持ちに?

Atsu
そうですね。さまざま理由はあるとして、それは一つですね。

 

「…速い!」

 

Emi
その後、ESLで和気あいあいと英語の学習をするようになって、終わる頃には言いたいことも言えるし、相手の言ってることも聞こえるようになってきていた?

Atsu
ま、「ある程度は」ですね。語学学校でのレベルなので。

Emi
語学学校を経て、いよいよミュージカルの学校へ。それは、「授業を受けても大丈夫」というレベルに達したということ?

Atsu
いちおう学校が提携していて、「このレベルを卒業したら行けますよ」という説明でした。

Emi
ESLの学校の“お墨付き”を持って、ミュージカルの学校に入った。

Atsu
“お墨付き”は恐れ多いです。「とりあえず行ってもいいんじゃん?」ぐらいです。(笑)

Emi
(笑) もともとの目的であるミュージカルの学校に入る許可が出た。入学後はどうだった?

Atsu
…速い!

速い。特に同じクラスの学生は若い子たちなので、みんなしゃべるのが速い。

Emi
ESLで知っていた英語とは違った?

Atsu
「ESLの先生は、ゆっくりわかりやすく話してくれてたんだな」と。(笑)

Emi
なるほど。ミュージカルの学校でクラスメートや先生の英語の速度を知って、「あ、ESLってゆっくりだったんだ」と気づいた。

Atsu
(笑) それに、スラングやそのときの流行りなどによって、しゃべることも変わってきますし。

…速い!

Emi
(笑) ニューヨークに住みはじめて4~5ヶ月。二つめの洗礼を受けた?

Atsu
(笑)

 

時間をかけて、ちょっとずつ

 

Emi
「先生や周りの人たちがすごく速くしゃべっている」という中を、どう切り抜けた?

Atsu
幸い、アカデミックなことをやっている学校ではないので、歌やダンスなど、実技的なものが優先されました。英語に関しては、やっぱりアクティングのクラスがいちばん大変でした。スタンダードなアクセントをしゃべるというのは、なかなか一朝一夕ではできないことです。アクセントがありつつも、ちょっとずつちょっとずつ、学校の中なり、外の社会なりに溶け込もうとしていました。

Emi
「周りの人たちの英語が速いな」と感じながらも、歌などの実技によって持ち直していた。

たとえば、周りの人たちだけで話が進んで行っちゃうような場面では、どうやって「わからない」ということを伝えていた?

Atsu
それはもう、「聞き直す」ですよね。グループで会話しているときなら、隣の人に「今ちょっとわかんなかった」と言って聞いたりしていました。

Emi
なるほど。最初のタクシーの件がありますからね。わかったフリをしてやり過ごすのではなく、わからないことはその場その場で解消していた。

難しかったのはアクティングのクラス。アクティングには言語的にいろんな要素がある。たとえば指示を受けたり、それに対して自分の考えを述べたりする面では、いかがでしたか?

Atsu
やっぱりこれも時間がかかるものです。英語をどれだけ心で咀嚼するか。相手の言った言葉をどうやって自分の中で解釈して、英語で発して返すか。たぶん今でもそうなんですけど、日本語での方がそのスピードが速いんです。特に慣れていないときの英語だと、時間がかかってしまう。

Emi
もともとある台本のセリフに肉付けされた内容を理解して、それを落とし込んで表現するプロセスに時間が必要だった。

Atsu
普通の会話だったら一瞬でできることが、慣れていない間は腑に落ちないまま、ただ言葉が流れていってしまって薄っぺらい芝居になりがち。そのスピードがうまく循環できるぐらいのものにまでなってくると、自然な芝居になって、柔軟になる。「次は自分のセリフだから、こう言わなきゃ」と用意した言葉では、どうしても薄いものになってしまいます。

同じ文章でも、相手から強い言葉で来たのか、弱い言葉で来たのかによって、こちらの返し方は変わってきます。あらかじめ準備していると、噛み合わない現象が起きてしまう。聞いたことを流して、腑に落として流して、腑に落として流して。それをシュシュッとやっていくのが大切です。

Emi
「噛み合うかどうか」というのは、言語の話のようで言語でないところもかなりある。先ほどESLの場面でも「気持ち」への言及がありました。言語、特に英語をツールとして使いながらも、実際のところやっているのは「言語の向こうにある相手のメッセージをつかんで、どのくらいつかめたかを表現して、伝える」ということ。初期の段階では、相手から出ているメッセージをつかむ量が少なかったり、わかっていても伝えられる量が少なかったりということがあった。

 

ことばの音色で感情を伝える

 

Emi
「強い言葉」「弱い言葉」というのは、どんなところから感じ取っていた?

Atsu
音色(ねいろ)です。どうしても芝居畑の言い方になってしまうんですけれど、人間の言葉には「音色」が付いてきます。言語はツールですが、ツールの上に人間の感情があるから、それが言葉としてコミュニケーションが成り立つ。

例えば、「こんにちは」という言葉も、「こ・ん・に・ち・は」では文字の羅列ですけれど、元気なときだと「こんにちは!」、ちょっと調子が悪いと「…あ、こんにちは」。そこで相手の状態が汲み取れますよね。相手から「こんにちは!」と来れば、こっちも元気に返す。相手が「あぁ…こんにちは」となると、「どうしたの?」という持っていき方になります。

同じ言葉でも、その音色を豊かにすることによって、やはり聞いている人、周りの人たちやお客さんからするとライブ感が出て、やっていることの信憑性が高まってきます。

Emi
なるほど。たとえば最初の頃、自分では「まだ英語が足りていないな」と思っていた時期にも、「英語よりも大事なことが、その向こうにあるんだ」と意識していた? 「英語を飛ばして」というわけにはいかないとしても、その向こうにある、もっと大事なことをつかもうとしていた?

Atsu
それは学生時代や、アメリカに住み始めたばかりの頃には気づけなくて、むしろ最近になって思うことなんですよね。

数年前に、日本のプロダクションでロシア公演をおこなったとき、ロシア語字幕を使って日本語だけでやったんです。「日本でやっていた以上に音色や言葉のレイヤーを作っていくことで、どれだけ感情が伝わるか」というチャレンジだったんですけれど、お客さんの中には「途中から字幕を見なくてもよかった」と言う人がいました。音色に現れてくる感情を、お客さんがキャッチしてくれたということです。そのとき、「日本語だろうがロシア語だろうが、究極はそこなんだな」と気づかされました。

アメリカで仕事するときは、だいたいダンサーやシンガーなどエンターテイメントの色が強いんですけれど、やっぱり深く芝居をやっていくと、「究極はそこだな」と思います。

もし初期のうちからそこまで気づけていたら、もっと豊かなものができた。でも、さっき言ったようにスピードがうまく解せないなど、そこに到達できなかった。だから、まあ要するに、「自分は下手だったぞ」と(笑)。

Emi
(笑)当時の自分を振り返ると、「まだまだだぞ」と思う。ということは、最初の頃は、やはり「英語」をつかもうとしていたということ?

Atsu
はい。

Emi
英語という言葉をつかもうとしているから、それが感情をつかむことの邪魔になってしまっていた?

Atsu
邪魔ではないです。たぶんそこは自分の語学力が大きく作用してくると思います。

ミュージカルの学校に行き、現場を踏むことによって、だんだん、ちょっとずつ英語の環境に慣れていきましたが、学生時代はまだまだでした。語学学校の授業に慣れて、“お墨付き”じゃないけれど、「とりあえず行ってもいいよ」となり、また新たな学校で洗礼を受けて、また現場に行くと新たな洗礼を受けて(笑)。その繰り返しで、少しずつ少しずつ積み立ててきて、日本で仕事をしていても新たな積み立てがあって。いま振り返ると、「ああ、言葉に対する理解度が甘いね」と。

Emi
「言葉はツールだ」とは言いつつも、やっぱり「言葉がどれだけわかるか、わからないか」によって 内容のつかみ方が違ってきてしまう。初期の頃を振り返ると、「言葉の面でもう少し力があれば、もっとスムーズに行けたのに」と思う?

Atsu
まさしくそのとおり。おっしゃるとおりです。

 

新しい環境で、新しいことを吸収したい

 

Emi
経験を積み上げてきて、「あ、だいぶ言葉もわかるようになってきたな」と感じたポイントはあった?

Atsu
うーん、あんまりそこは思い浮かばないです。やっぱりだんだん慣れていった。「ここから劇的にポンと変わった」というのは自分の中では感じられませんでした。いろんなショーをやっていくと、そのたびにチームが変わるので、「また新たなこと、また新たなこと」という感じでした。一回一回環境が変わることの繰り返しです。

Emi
慣れた頃にチームが変わって、また新しく関係性を築いたり、特徴をつかんだり。それをずっと繰り返している。

学習者の中には、たとえば新しいチームになったときに、「せっかくある程度わかるようになってきたのに、また振り出しに戻ってしまった」と思う人がいます。自分の伸びが実感できないと、やる気が下がってしまうこともあります。チームが変われば、またわからないことがでてきたり、うまくいかないことがあったり。その繰り返しがなだらかに続く中で、アツさんはどうして挫けずにやってこられたんでしょうか?

Atsu
うーん、仕事自体が好きだからでしょうか。はっきり言って、趣味が仕事のようなものなので。また、出会う人も特殊な人たちが多いんですよね、この世界(笑)。新たな人と出会うことによって、「あ、こんな考え方があるんだ」と、自分の好奇心をくすぐることもあります。自分は演出の仕事もするので、自分が「すごいな」と思っていた演出家と仕事をするときは、「いつか使えるな」「盗んでおこう」と一言一句を落とさず書き留めておいたり。そういうことが自分の肥やしになってきているので、吸収していかないと。むしろ「吸収したい」と思うんです。人のアイディアから自分の知識にしていく。

Emi
慣れない場面や、わからないことが起きるというのは、決してハッピーな状況ではない。でも、たとえば「仕事が好き」「おもしろい人に会える」という気持ちが上回っている。あるいは、「自分に不足があるからこそ、相手から盗もう」と思う。それで前向きに進んでこられた。

それをずっと積み重ねていく中で、「日本語を知らない人たちの前で、日本語で演技をしたら、伝わっていた」という経験もした。現在は、たとえば日本語でも英語でも、あまり関係がない?

Atsu
究極な話になりますけれど、「感情は音色がありき」と自分は思います。ですけれど、やっぱり台本に書かれてあることを読み上げているので、その情報はちゃんと伝えないとお客さんには本の内容が伝わらない。だからそれも大切ではあるんです。

自分たちは本に書かれていることプラス、リハーサルを経て、「これがより完成形になりましたよ」というのを作り上げてお客さんに提供する。やはりプロの仕事として、「一言一句落とさず、きちんとお客さんに伝える」というのは大切なことだと思います。ただロシアの状況では、「日本語でやる」という大前提でロシアの人たちに伝えなきゃいけないから、「じゃあどうやったら伝わるか」。となると、その言葉の音色(おんしょく)の豊かさであるけれど、やはりブロードウェイなど英語の環境で英語のミュージカルをやる場合には、両方とも成立させなければいけない。

Emi
パフォーマンスの究極の形としては、言語うんぬんではなく、それ以外の伝わるところでお客さんの心を動かすことは可能。でも、そこに到達する手前には、「台本を読んで理解する」「一言一句漏らさず、自分のものとして発する」などがあって、そこには言語が大いに関わっている。

Atsu
それはそれで大切ですね。

Emi
たとえば、いちばん最初の、まだあまり色の付いていない台本を読む段階では、英語を理解するために、辞書を引いたり、内容を確認したりしている?

Atsu
はい。もちろんわからない単語はまず辞書で引かなきゃいけない。あと、英語をしゃべるときに大切なのは、たぶんおわかりいただけると思うんですけれど、リズムがすごくメロディアスだということです。

英語の文章をブツブツに切って話すと余計に聞き取りづらいですけれど、「疑問形は最後を上げる」などの基本的なものや、「ここで上がる」「ここで下がる」など、日本語と比べてすごくメロディアスなんですよね。その快適なリズムは日本語にはありません。日本語は「アエイオウ」を全部しゃべる言語なんですけれど、自分がアメリカでセリフをやる役があって、指導を受けるときはどうしてもジャパニーズアクセントになりがちなんです。それを「いかに流れるように話すか」「聞いている人にキャッチしてもらいやすいようにするか」。もちろんスタンダードアクセントに寄せなきゃいけないですし。日本語とはちょっと違う芝居のアプローチが必要になってきます。

Emi
セリフを話すときの、日本語と英語の違い?

Atsu
そうですね。

Emi
うーん、「日本語にはメロディがない」という印象を持っていて、「日本語と比べると、英語の方がメロディがある」と感じている?

Atsu
はい。ネイティブの人からしたらそれが自然なんですけれど、自分は英語を後発的に習っているので、自然じゃないんです。日本語だと全部言い切ってしまうことを、抑揚をつけて、「How are you doing」 とか「Oh, what a rogue and peasant slave am I」とか。

自分では「本当はここで切った方がやりやすい」と思うんだけれど、「あ、そこつなげた方がいいよ」と言われたり。そういうことが往々にして起こります。「自分の日本人の感覚としてはここで切りたいけど、それは自分の認識であって、ネイティブの人から見ると不自然」ということです。

たとえば、「Notの/t/を発音するかしないか」。日本人だと「ノット」と言いたくなるじゃないですか。でもネイティブの人はつなげて「Not at all」。「ノット・アット・オール」じゃないですよね。アメリカのことになるかもしれないですが、そう発音することで自然なメロディができていくんです。でも、自分のジャパニーズ的な感覚からすると、全部ブツブツブツとなってしまう。相手からすると、車がノッキングしているような(笑)。だからそこは自分が学んでいかないと。

Emi
なるほど。「日本語と英語の違い」というよりは、「英語を話すときに日本語のメロディの感覚を持ち込んでしまうと、ネイティブが話す英語のメロディと合わない」というようなこと?

Atsu
僕の経験では、それはあると思います。

Emi
日本語ネイティブの感覚を基準に切りたいところで切ってしまうと、受け手にとってはおかしな感じになる。俳優として実際に指導を受けて、「アメリカの人たちが自然と感じるメロディに合わせにいく」ということをしている?

Atsu
はい。

 

舞台のセリフ、テレビのセリフ

 

Emi
「発音やイントネーションの指導で、具体的にこれを直された」など、例はありますか?

Atsu
発音に関しては個人レッスンをたまに受けに行くんですけれど、セリフを渡されてオーディションの前に先生にマンツーマンで教えてもらうとき、毎回最初からパーフェクトに行くことがないんです。

Emi
それは、いまだにですか?

Atsu
いまだにです。2000人のお客さんに対して舞台の上でやる芝居をカメラの前でやってしまうと、すごく大げさになってしまいます。自分はもともと舞台での芝居が主な人間なので、どちらかというとはっきりやってしまいがちなんですけれど、「ん、やりすぎ」「もっとそこ、滑らかに」と言われ、なだらかに削られることがすごく多いです。

Emi
役者さんのためのセリフの発音指導なので、一般的に英語学習でいう発音練習とは少しイメージが違いそうですね。ただ話すだけではなく、「どんなメディア向けに話すのか」を含めて指導される。

Atsu
たとえばシェイクスピアのセリフをちょっとやらせていただきますと、もともとの典型的な日本人のしゃべり方では、
(実演)Now I am alone. Oh, what a rogue and peasant slave am I. Is it not monstrous that this player here.

今のは一言一言をはっきりしゃべりました。

同じセリフを自分なりに舞台でやろうとすると、
(実演)Now I am alone. Oh, what a rogue and peasant slave am I. Is it not monstrous that this player here.

でも、テレビ用にすると、
(実演)Now I am alone. Oh, what a rogue and peasant slave am I. Is it not monstrous that this player here.

これぐらいでカメラはキャプチャーします。

違い、わかりますかね?

Emi
今日はすごく贅沢なポッドキャストになっていますね(笑)。「三種類のセリフの伝え方」をご説明いただきました。

特にアツさんが指導を受けるのは、抑揚や強弱。舞台のご経験が豊富なため、振れ幅が大きく出やすい。その高低差をテレビ用に小さくするよう指導されることが多いというお話ですね。

Atsu
はい。

Emi
セリフや発音を細かく指導されたり、一言一句、漏れなく発したり。言語に対して詳細に分析するなど、すごく精密なレベルで言葉づかいに気をつけなくちゃいけないお仕事。それは、普段の生活に影響しませんか? 普段、私たちは言語を使って生活をしていますが、そんなに精密ではない、雑な使い方をしています。

たとえば日本語ならネイティブなので、意識せず切り替えるなどできそうです。でも、第二言語である英語で、あまり緻密に「この音はどうかな」「この言い方でいいのかな」「この意味はどうかな」と考えすぎると、日常で英語を話しにくくなっちゃいませんか?

Atsu
それはないですね。自分の思ったことを口に出してるので。

それに、人間って会話するとき、詰まりつつ、考えながらしゃべるので、つらつらと行かないことが多いじゃないですか。まあセリフもずっとつらつらとしゃべってしまうと薄っぺらくなるので、どこでどう自然になるかは、そのときのシチュエーションや感情によって変わってきます。ただ、セリフの場合は、たとえば舞台だと何百回もやりますけど、それでも傍から聞いている人にはライブでやっている感覚で、「これはセリフではなくて、普段の会話のように聞かせなきゃいけない」ということをリハーサルから毎日何回もやることによって、身についた言葉になるんです。でも人間の会話って、いつも同じことをしゃべることはないじゃないですか。だから普段の自分に戻りますよね。

 

ミュージカルを通じて、文化の橋渡しを

 

Emi
英語を使ってお芝居を作り上げたり、パフォーマンスとして見せたりしているアツさん。英語に関して、これからの目標は?

Atsu
日本にいるときには、海外の作品を自分で翻訳して演出やプロデュースをしています。これからのチャレンジとしては、「まだブロードウェイなどには上がっていないけれど、良いクオリティのもの」を自分で発掘して、自分で翻訳して、日本の人に伝える。日本で知られていないものを早く仕入れて、「ブロードウェイの大きなミュージカルじゃなくても、こんな良いものがあるんだよ」ということを、日本の人にもたくさん知っていただきたいので、そういった活動をもっともっとしていきたいです。また、反対に日本の良い舞台をアメリカでやるような機会があるといいなとも思います。

Emi
「日本語と英語」「日本での経験と、アメリカでの経験」をアツさんがつないで、いずれは両方向の動きが生まれたらいいですね。

Atsu
そうですね。文化の橋渡しができたら素敵ですね。

Emi
「音楽や演技がきっかけで、結果的に英語につながっていく」というルートがある。また、中学高校時代、学校の英語は好きじゃなくても、後々英語を使える人になることがある。本当に素晴らしいことだと思います。

Atsu
はい(笑)。

Emi
本日はありがとうございました。

Atsu
こちらこそ、ありがとうございました。

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