#12. 安田 奈々さん(翻訳家、米国公認会計士)

米国公認会計士で、日本を拠点に翻訳・通訳を提供する安田 奈々さんに、帰国子女から見た日本の英語教育、上達を実感した経験、AIや機械翻訳、“刺さる”英語、日本で英語力を保つ方法などについてうかがいました。

安田 奈々 Nana Yasuda

iProfess翻訳事務所代表。米国公認会計士。8歳までイギリス在住の帰国子女。

最初に就職した日本のベンチャーキャピタルで、高い専門性や語学力を持つことの重要性に気づく。その後15年にわたり日米の監査法人で会計監査、海外M&A、国際会計基準IFRSの導入支援に従事し、英語×会計のニッチなスキルを磨く。未来の働き方の一つとしてフリーランスに着目。2014年に独立してiProfess翻訳事務所を立ち上げ、会計監査に特化した翻訳・通訳を一部上場企業や監査法人に提供。モットーは「刺さる書き言葉・話し言葉」。

一男一女の母。趣味は、英語プレゼンTEDの視聴と、学校ボランティアで絵本の読み聞かせをすること。夢は、人生の英知を子どもたちに伝える学校を作ること。

iProfess翻訳事務所

Emi
自己紹介をお願いできますか?

Nana
はい。私はiProfess翻訳事務所という会計財務に特化した翻訳・通訳の会社をやっています。会計財務に特化している理由は、私がアメリカで5年、日本で10年、あわせて15年ほど監査法人でずっと会計や監査の仕事をやっていたためです。その間に、「英語と会計の両方を使える人というのはなかなかいないんだ」とわかり、3年前に独立しました。

Emi
翻訳事務所をやっていて、アメリカの公認会計士でもいらっしゃる。ご専門の会計の知識を生かした翻訳を提供している?

Nana
はい。もともとは翻訳からスタートしたんですけど、最近は通訳の依頼もすごく多いです。会社ならCFO*のような会計のトップや監査法人などから、「会計を知っていて通訳ができる」ということへの需要が増えています。
*Chief Financial Officer:最高財務責任者

Emi
会計をベースに翻訳をスタートして、現在はさらに通訳も。「日本語から英語に」「英語から日本語に」の両方向とも担当する?

Nana
基本的に「日本語から英語」です。英語に訳す方を得意としているというか、それに特化するようにしています。

Emi
比較的少ない「日本語から英語」で、さらに会計の専門知識がある。二重に希少な翻訳・通訳者ですね。

Nana
「英語×会計」ができる人は少ないけれど、それでもやっぱりできる人はいる。「本当に自分にしかできないことは何だろう?」ということを特に意識するようにしています。

Emi
プロフィールにも「ニッチなスキル」とありますが(笑)、そのニッチさがどんどん増していってる感じですね。

Nana
そうそう(笑)。考え方はいろいろあると思います。「広くいろんなことを知っている」というのも、もちろんすごく素晴らしいこと。勝負の仕方もいろいろある。でも、私の場合は、自分にしかできないエリアを突き詰めていくスタイル。どんどんニッチな方に行くように意識してます。

 

最初は日本語がしゃべれませんでした。

 

Emi
ではそうやって現在、翻訳・通訳者として英語を使っている奈々さんが、いちばん最初に英語と出会ったのはいつどこでですか?

Nana
たぶん最初の私の母語が英語だと思います。3歳から8歳まで、親の仕事の関係でイギリスのロンドンにいたので、「いちばん最初に言葉として覚えたのが、英語じゃないかな」という感覚があります。

Emi
本人としては「日本語より先に、英語を使い始めた」という印象を持っている?

Nana
まさにそんな感じです。8歳のとき、小学校2年生で日本に帰ってきたんですけれど、そのときは日本語がしゃべれませんでした。相手に言われていることはわかるんですけど、日本語で答えられないから英語で答える。イギリスにいたときから、親に日本語でしゃべりかけられても全部英語で返していたので、その状態がわりと長く続いていたように思います。

Emi
ご両親から日本語で話しかけられても、奈々さんは英語で返していた。「3歳から8歳」というと幼稚園や小学校に行く年代ですが、そこには日本語を使う環境がなかった?

Nana
ないですね。イギリスと日本では学年の進み方が違うので、帰国したとき、日本では2年生ですがイギリスでは4年生だったんです。イギリスに行った3歳のときには、もしかして1年くらいは幼稚園に行ったかもしれないけど、たぶん4歳ぐらいからもう普通に小学校での勉強が始まりました。ローカルの学校だったので、その中で日本語の環境というのは親と接するときぐらいしかありませんでした。

あと、そうだ。土曜日に日本人学校に行ってたのを覚えています。

Emi
小学校は、現地校といわれるイギリス人の子どもたちが行く学校。それと週末の日本語補習校に通っていた。補習校で、ある程度日本語には慣れていた?

Nana
慣れていたし、言われていることはわかるんですけど、使えないという感じでした。補習校では、「自分がクラスの中で、本当にできない子だった」というのをすごく覚えています。だから行くのがすごく嫌いでした。

Emi
ロンドンにいる他の日本人の子たちと比べると、日本語が苦手だった。

Nana
苦手でした。土曜日の学校が好きじゃなかったです。

Emi
どんなことが特に嫌だった?

Nana
基本的に楽しくない(笑)。あんまりはっきり覚えてないですが、「先生に聞かれていることに対して答えられない」ということだったのかな。

Emi
なるほど。聞いて、ある程度はわかるけれど、それに対して反応できるほどではなく、日本語がなめらかに出てこない。

Nana
「アウトプットが上手にできなかった」ということじゃないかなと思います。

Emi
その状態で日本に帰ってきて、日本の現地校に通い始めた?

Nana
そうです。普通の公立の現地校にポーンと入れられて。最初は本当にしゃべれませんでした。いちばん最初、先生に「お名前は?」と聞かれて、「ナナ・名字」とファーストネームから言っちゃって、「いや、日本ではこうなのよ」みたいな感じで。先生やお友達に、「奈々ちゃん、こういうふうに言うのよ」と本当にイチから教えられました。「この子、言ってること全然わかってくれない」という状態が、たぶんしばらく続いていました。

でも、「そこが8〜9歳のすごいところじゃないかな」と思うんですけど、吸収する能力がものすごくて、スピードが速かったように思います。少しずつ言葉をピックアップ*して、たぶん1年ぐらいはかかったと思いますけど、3年生のときにはわりと普通にクラスに溶け込んでいました。日本語をどんどん覚えていって、その代わり、同じスピードで英語をきれいさっぱり忘れていったという。
*pick up:習得する、覚える

Emi
おぉ、そうなんですね(笑)。

どんなことから日本語を急速に吸収していった?

Nana
それは間違いなく友達との会話ですね。お友達とどうしてもしゃべりたいから、会話の中で、本当に一つずつ覚えていきました。

たとえば親が相手だと、日本語でしゃべりかけてきても、英語で返しておけば、親にはそれで伝わるわけです。でも、子ども心に「学校では日本語で答えないと、コミュニケーションが成立しない」とわかっている。だから、必死で「なんとか日本語で返さなきゃ」となる。その必死さのおかげで、うまくなっていったように思います。

Emi
学校では英語で答えたい場合があっても、「この人たちにそれは通じないんだ」とわかっているので、「なんとか相手のわかる言語で返さなきゃいけない」と。その必死な感じが上達につながった。

日本の英語学習者がホームステイや留学で英語圏に入れられて、「相手のわかる言語を使うしかないから、なんとか英語でコミュニケーションを取る」というのとそっくりですね。

Nana
まさに。同じ学習法です。

Emi
1年経って、日本語は問題なく使えるようになってきたけれど、そのぶん英語はきれいさっぱり忘れてしまった?

Nana
きれいさっぱり忘れました。親は「なんとか英語をキープさせておきたい」と考えていたようで、帰国してすぐ土曜日学校に入れられました。外国人の子が行くような学校です。毎週土曜日になると、そこへ電車で1時間ぐらいかけて通いました。

最初は、「もとの英語の環境に帰ってきた」みたいな感じで、ものすごく楽しくて、すごく生き生きして通っていました。でも、1年ぐらい経った頃には、ちょうど日本語を覚えたのと入れ違いで、今度は英語の学校に行くのが苦痛になって。「もうできない」と言って1年で辞めました。そのくらい英語が出てこなくなっていたんです(笑)。

Emi
日本に帰国した時点では、「日本語がスムーズに出てこない。英語の方が早い」という状態だった。平日は日本の現地校、週末はインターナショナルスクールへ。最初のうちは「平日に使えない英語を使える」「やっと自分の思いどおりに話せる」と思っていた。でも、日本語に慣れてくるにつれ英語が話せなくなってきて、今度は、平日の学校が楽しく、週末の学校が苦痛になってきた。

ロンドンで現地の小学校と日本語補習校に行っていた頃と同じことが、日本で起きたんですね。

Nana
そうです。ロンドンの逆パターンに、あっという間になっちゃったんです(笑)。

Emi
英語が嫌いになった?

Nana
いえ、英語を嫌いになったわけではないです。インターナショナルスクールは行くのに1時間もかかるから面倒だし、すごく苦労していく割に楽しくないので、「ちょっともういいわ」みたいな感じになりました。当時の公立の小学校には英語を使う環境がまったくなかったので、きれいさっぱり封印されたと言うか、好きでも嫌いでもなく、「使わないからいいや」という状態になりました。

Emi
英語を嫌いになったわけでも、捨てたのでもなく、学校が遠いなど他の要素があって行くのやめてしまった。「英語はいったんお休み」という感じだった?

Nana
当時はそういうことすら考えてなかったですね。「使うことのない言語だから、ただ使わない」というだけで、それをキャッチアップ*しようと思わなかったんです。「英語について、一切なにも考えることがなくなった」という感じですかね。
*catch up:追いつく、補う

Emi
そこからしばらくは英語を使わない期間だった?

Nana
ずっと使わなかったですね。他の人たちと同じで、中学、高校、大学で英語の勉強をしました。

 

中学3年間の英語が大きかったです。

 

Emi
中学校に入って英語の勉強を再開した時はどうだった?

Nana
自分で言うのもなんですけれど(笑)なんかもう、ずば抜けているというか、中学のレベルを完全に超えていました。日本語に訳すなど、「これは何をやってるんだろう?」「なんでこんなことを勉強するんだろう?」と思っていました。中学の英語は超簡単で、しかも発音はひどいし、もう「なんじゃこりゃ」みたいな感じで、勉強にならない。

ただ、英語の勉強にはならないけれども、「中学できちんと勉強してよかったなぁ」と強く思うのは文法です。たとえば「SVC」とか、構造をきっちり体系的に学ぶことができたという意味で、中学の英語にはものすごく感謝しています。

Emi
しばらく使わなかったとはいえ、それ以前には自由に使っていたわけなので、中学での英語は当然、簡単すぎて新しく覚えることは特にない。他の生徒たちが一生懸命学んでいたり、先生が熱心にやっていたりする意味がわからないくらい、不思議な体験だった。

Nana
「不思議だな」と思っていました。でもやっぱり徐々に文法が難しくなっていって、そこで一生懸命覚えたことが、その後ずっと、今でも役に立っています。

仕事では、きちんとした英語を書かないといけません。きちんとした構文できれいに完璧に書くことはもちろん、他の人が書いた英語をレビューして直すときに、「ここがこうだから、これは違う」ということをきちんと説明できないといけない。「’to’の後には原形が来る」とか「’which’の使い方」とか、その知識がどこから来ているかというと、やっぱり中学のときに一生懸命やった文法なんです。

中学の文法が今の仕事にも生きているので、「あそこでしっかりやったのがよかったな」と思っています。また、「もし私があのままインターナショナルスクールにでも進学して英語ばかり話していたら、今の仕事はやっていないかもしれないな」とも思います。

Emi
奈々さんにとって母語の一つである英語を、日本の中学高校で改めて学んだ。文の構造を知ったり、「SVC」などの文型を使って文をタイプ別に分類したり。文法的な説明を受けて、「何がどうなっているのか」がわかった。「英語を使える人が、後からその骨組みを知る」ということが起きた。

Nana
特に中学の英語が大きかったと思います。高校受験の受験科目に入っているので、3年間で文法を徹底的にみっちりやる。あれが本当に大きかった。「どこで英語の文の構造を勉強したか」と問われたら、「中学の3年間だ」と思います。

Emi
「一生懸命勉強した」ということですが、すでに知っている言語の構造を改めて知るのが面白かった?

Nana
うーん、「面白くて面白くて、もうどんどん行っちゃう」という感じではなくて、「他の子に比べると、苦痛じゃなかった」というレベルだったと思います。

もしかしたら、そこが「母語の一つ」ということと関係しているのかなと思います。学問としての言語は別として、生きていくための言語って、あくまでも「ツールの一つ」、「自分の一部」。だからその中身や構造を知って「なるほど」とは思っても、「それに対して、すごく興味をかきたてられる」ということは私の場合はなかったです。なぜなら英語はそんなに興味の対象じゃないから。使えるけれども、「大好きで大好きで」というわけでは全然なかったです。イメージとしては、「知っている英語が、さらに強化された」みたいな感じでしたね。

Emi
なるほど。「なんとなく使っていた英語に、理由があったんだ」というくらいの興味だった。それ以上に、「英語大好き」「これを職業にしたい」「これを極めていこう」という気はなかった。

Nana
ないですね。「腑に落ちた」「あ、わかった」という感覚でした。

Emi
「ああ、そういうことだったんだ」と腑に落ちたんでしょうね。空っぽの本棚に、本がスコンスコンと入っていくような。

Nana
そうそう(笑)。そんな感じです。

Emi
中学で「英語の構造」に出会って、3年間で文法の基礎がかなり固まった。特にすごくハマるでもなく、淡々と英語の学習を進めてきた。

大学卒業までずっとそんな感じだった?

Nana
そうですね。ただ、大学では英語を使う機会が増えました。私は経済学が専門だったんですが、経済学をやるにしても英語の文献を使う。それに、「もうすぐ社会人」ということで、「社会に出た時どうしよう」というような視点を持つようになり、「このままじゃいけないな」「もう少し英語を使えるようにしておかなきゃいけないんだ」と思いました。

それで、翻訳・通訳の学校に1年間通って、通訳になる一歩手前の、英語の基礎学習みたいなものを、プロの通訳になる人たちと一緒に学びました。その1年間で、英語の勉強をもう一回やり直したという感じです。

Emi
職業に関連させていくとなると、今の英語ではちょっと足りないかもしれないな」と感じて通訳の学校に行き、通訳を目指す人たちと一緒にトレーニングを受けた。

Nana
はい。通訳の勉強ではないんですけれど、その一歩手前のトレーニングです。英語の文をたくさん読んで要約していくとか、英語をどんどん書いていく練習をやりました。

Emi
そのクラスに大学生はいましたか?

Nana
いや、大学生はいなかったです。大学院生が一人いたくらいで、あとは社会人が多かった気がします。

Emi
おそらくは通訳になるための第一歩としてクラスを取っている人たちでしょう。日本の大学生で、たとえ帰国子女だったとしても、「いきなり通訳の学校に行く」ってなかなかない。なぜその選択を?

Nana
母の紹介です。母は日本に帰ってきて以来ずっと英語を教える職業に就いていたので、割とアンテナを張っていたんですよね。

Emi
なるほど。お母様が英語を教えるプロで、いろんな情報を持っていた。奈々さんの状況を見て、「あなたならこの学校がいいよ」と提案された。

普通なら英会話学校に行っちゃうところですよね。

Nana
英会話学校といえば、私、アルバイトで英会話学校の先生をやっていました。大学2年生ぐらいの頃、1年間だけ。だから、「1年はアルバイトをして、1年は学校に通った」みたいなことです。

Emi
大学生で、アルバイトで英語を教えていた経験から、自分の学びにつながったことはあった?

Nana
ありました。研修制度がすごくしっかりしていたんです。誰でも先生になれるわけではなく、もちろん英語のスコアがある程度あった上で、その人たちを集めて研修するんです。

私は中学生を教えることになっていたので、中学生向けの教え方を学びました。あともう一つ英検のクラスも持っていたのかな。数日かけて、教え方を教えてくれる。それが実は今も生きているかもしれません。だから、いま思うと「すごく得しちゃった」という感じです。

Emi
先ほどのお話にあった中学での文法も、ある種「型」を教わるみたいなところがある。ここでもやはり、すでに英語がある程度できているところへ、それを裏付ける理論のようなものが後から入ってきて、スッキリしたのかもしれないですね。

Nana
そうですね。「自分が知っている」ということと、「それをわかりやすく子どもに教える」というのは、別のスキルです。「英語を、それまでと少し違う側面から見ることができた」と意味で、そのアルバイトは大きかった気がします。

Emi
一方、通訳の学校では教わる立場。そこでの経験はどうだった?

Nana
「やっぱり上には上がいるんだな」というのが、すごくよくわかりました。それまでは「英語なら誰にも負けない」という感じでしたけれど、「いや、全然上いました」とよくわかって(笑)。やっぱり通訳を目指すような人って、もちろん英語もネイティブ並みにペラペラで、書く力もすごい。「プロになる人って、すごいんだ」とわかったという意味で、すごく良い経験でした。

Emi
大学生の奈々さんが、社会人で通訳になるつもりの、英語が専門のクラスメイトたちと出会って、「上には上がいるな」と感じたポイントはどんなところだった?

Nana
「話す・書くスキルが圧倒的にこなれてる」とでも言いましょうか。話し言葉なら、きちんとした英語にできる。書き言葉なら、きちんと短時間でギュッと要点をまとめることができる。社会人なので、回数をこなしているということもあるかもしれないですけれど。

Emi
「話す・書く」はプロダクティブ (productive skills)、つまり自分から発信するスキル。その中でも、「レスポンスの早さ」「表現が洗練されている」というような部分?

Nana
そうですね、「表現が洗練されている」というのが合っているかもしれないです。「こう聞かれたら、こう答えるんだ」というのが、短時間のうちにこなれた表現でどんどん出てくる。「すごいなぁ」と思ったのを覚えています。

Emi
そこでは言語の力のほか、社会経験や年齢の差も大きかったのでは?

Nana
それもあるかもしれません。それに、そういう学校に通う人は、当時の私のように「ちょっと英語をやる」くらいの大学生と比べて、英語に触れている時間が多かったのかなと思います。

Emi
「英語を職業にしていこう」という社会人と、将来英語を使うかどうか、まだ決まっていない大学生とでは、やはりモチベーションにも差がありますからね。

Nana
おっしゃるとおりです。私は宿題をこなすので精一杯だったのをすごく覚えています(笑)。

Emi
でも、若いうちに「年上の、能力も経験値も高い人たちと一緒に学ぶ経験ができた」というのは、なかなか貴重なことですよね。

Nana
貴重な経験だったと思います。

Emi
英語を教えたり、通訳学校の授業を受けたりという経験を通して、英語力をキープあるいは上達させながら日本の大学を卒業。

その後は英語を使っていた?

Nana
いえ、就職したのは日本のベンチャーキャピタルで、英語を使うことは全然ありませんでした。「アジアの方にも案件がある」という話だったので、それに惹かれて入ったんですけれど、入ってみたら超ドメドメ*な会社で。
*domestic:ドメスティック(日本国内)のやり方や業務が中心の

Emi
もったいない。

 

アメリカで会計士に。もう本当にキツかった。

 

Nana
「もったいない」というのと、「仕事に関する専門性を高めなくては」という気持ちがありました。投資会社で、私の仕事は投資する会社をスクリーニングし、財務的な面から数字の分析をすること。それが現在の会計の方につながっていくんですけれど、仕事をしていくうちに、「スキルを深めていかないといけない」と気づきました。

表面的な分析なら1年ぐらいでできるようになるんですけれど、「その数字がどうやってできてくるのか」というのは勉強していないからわからない。2~3年経って、「深い分析ができない」というのと、「英語もったいないなぁ」という気持ちとが一緒になってきた頃に、ちょうどアメリカに行く機会があって、「とりあえず行こう」となりました。

行ってから気づいたんですけれど(笑)、アメリカは超学歴社会。私が日本で卒業した大学のことなんて誰も知らない。「すぐ仕事したいな」と思っていたのですが、当然、学歴ゼロの人が入れるところなんてどこにもない。それで慌てて「USCPA*という資格があれば、大学院卒と同じくらいのレベルで見てくれる」という情報をゲットして、勉強を始めました。結果的にはそこで会計の知識を深めたということです。
*Certified Public Accountant:米国公認会計士

Emi
日本の大学を卒業した後に就職した会社で、まず会計の世界に足を踏み入れた。しばらくやっていくと、「専門的な知識があるわけじゃないから、これはもうまもなく限界が来るだろうな」という予感がしてきた。一方で、英語をすっかり使わなくなってしまったので、それについても「もったいないな」という気持ちがあった。そうした中で、アメリカに行くチャンスが巡ってきた。

「英語も使えるし、アメリカで何か仕事ができるかな」と思って渡米。ところが、アメリカへ行ってみたら、どこにも就職できない。日本では立派な大卒を持っていたけれど、アメリカでは「何ができる?」と聞かれたときに「何もない」と気づいた。

Nana
そうなんです(笑)。

Emi
「なんとかしなきゃいけない」ということになり、いわば手に職をつけるという意味で見つけたのがCPAという会計士の資格。その資格を取れば、アメリカの大学院を卒業した人と同等のチャンスが得られる。それで勉強を始めた。

Nana
はっきり覚えてないんですけれど、約1~2年の時間とお金をかけて、受験までずっと勉強していました。

Emi
試験では、特に英語で困ることはなかった?

Nana
英語で困ることはありませんでした。教材も全部英語だったので、むしろ私にとってはすごくやりやすかったです。会計の勉強をしながら英語をどんどんブラッシュアップできるので、「一石二鳥でありがたいな」と思いながら勉強していました。

Emi
奈々さんにとっては、会計の勉強も日本でするより、アメリカで英語でした方が速く吸収できた。

それで会計士になって、アメリカで仕事を始めた?

Nana
はい、そうです。タイミング的にもすごくラッキーで、たまたまドットコム・バブル*で、シリコンバレーの景気がものすごくいい時だったんです。それで、日本人でも雇ってもらえて、現地の監査法人に入ることができました。
*dot-com bubble:インターネット・バブル

Emi
仕事が始まってからは、また日本語を使わない英語だけの生活に?

Nana
もう、本当に…。ここが私にとって人生で一番キツかった時期です。「英語は母語の一つです」と言うのがはばかられるくらい。流れで監査法人に入ってしまいましたが、やっぱり現地のネイティブの中に日本人が入っていって、彼らと対等に仕事をしていくということが、あんなにキツいことだとは。それも入ってから後付けで知ったので(笑)、「そうだったの?」という感じでした。

Emi
「知らぬが仏」。わかっていたら、怖くて入れなかったかもしれないですから。

Nana
もし「もう一回やれ」と言われたら、もう絶対イヤです。やっぱりすごい競争社会なんですよね。大学ですごく一生懸命勉強をした人たちが、やっとの思いで監査法人に入っている。みんなが「他の人より少しでもパフォーマンスを上げていかないと、クビを切られる」と思っている中で、半分言語にハンディキャップのあるような人が、彼らと対等にやっていくというのは、…あぁ、キツかった(笑)。

Emi
すみません、思い出させてしまって(笑)。

Nana
いやいや。本当におかしくなるかと思うくらいすごいプレッシャーの中、それでも5年がんばったから…まあ、がんばったのかな(笑)。

よく覚えているのは、監査法人に入っていきなり「現場に行ってきて」と言われたことです。試験は通ったけど、会計のことはまだよくわからない。それまで日本語の生活だったのがいきなり英語に変わって、その英語も一日中聞いてると頭が痛くなってくる。そんな中、マネージャーに質問しに行ってきて」と言われた時には、冷や汗が出ました。「何を質問するの?」「どうしたらいいの?」となったのをすごく覚えてます。最初の質問をするのがすごく怖かったです。

私がそういう状態なので、入社して一つめか二つめのジョブで、上司に「この子、全然言葉が通じないから一緒にできない」とあからさまに言われてしまったこともあります。すごく厳しいデッドラインの中、チームワークですから、きちんとみんな協力して作業しなければいけない。最初の1年はいろいろありました。

Emi
たとえばいま日本にいて、「英語を勉強して、いずれ外国で就職したい」という方はあんまり怖気づかないでいただきたいんですけれど(笑)、でも現実的な話ですよね。

その国に生まれた、言語的にもネイティブの人たちがしのぎを削っている中に、外国から来た、ネイティブでない人が入って一緒にやる。その中でも戦っていかなくちゃいけないし、チームであれば足手まといになることは許されない。「この国で生まれてないし、文化も違うし、英語も同じようには使えないんだからしょうがないじゃない」と思いながらも、そこに甘えることはできない。

Nana
はい。それから、アメリカに行って何よりもすごく感じたのは、英語ネイティブの人ってみんな「英語はしゃべれて、書けて、当たり前」と思ってるんですよね。だから英語ができない人の気持ちがわからないんです。

Emi
一口に「アメリカ」と言っても、インターナショナルな業界や場所に行く場合と、アメリカのドメスティックな世界に行く場合と、ちょっとイメージが違うかもしれません。でも、アメリカには英語のモノリンガルで、外国語を学習した経験の少ない人がたくさんいます。「第二言語として英語を話すことが、どれだけ大変か」というのが、わかってもらえないことはありますね。

Nana
その時期がたぶん私の人生で一番キツかったんですけれど、実は人生で一番英語が上達したのも、そのアメリカの監査法人にいた5年間でした。やっぱり必死についていかないとクビにされちゃうので、やらなきゃいけない。その環境で、きちんとしたビジネス・ライティングを覚えました。ビジネス・スピーキングも、本当に体を張って覚えたようなものです。キツかったけど、でも「あれがなかったら、たぶん英語を使って仕事をする今の私はなかったな」と思います。

Emi
大変厳しい環境で、「この子、英語ができないから外れてほしいわ」と言う人もいるような中で、ビジネス英語を話すこと、書くことがすごく上達した。いま振り返ると、「厳しかったおかげで上達した」と感じられる。

Nana
はい。振り返ると、そう思います。

 

ネイティブの視点と、“刺さる”英語。

 

Emi
ライティングとスピーキングは、具体的にどんなことをしたのが上達につながった?

Nana
監査では、日々質問したことをどんどん書いていって、レポートにまとめていくんです。たとえば私が一番下っ端だとすると、私の書いたものを二重、三重に上の人がチェックして行きます。英語というよりは内容のチェックで、「きちんと要点を絞って、ちゃんとポイントが書かれているか」という観点で直されます。もし意味がわからなかったら、「これ意味がわかんない」とすぐフィードバックが来る。それを毎日毎日こなしているうちに、少なくとも監査法人の中で使う英語は自然に身についてくる。1年もやっていれば「あ、こうやって書けばいいんだ」っていうのがだんだんとわかってきます。

Emi
奈々さんがまとめたものをチェックしてもらう過程で、「ここを直されるんだな」と気づき、その修正から学んだ?

Nana
そうですね。修正からも、他の人が書いたものからも学びました。レポートは毎年更新していくので、私は前年にネイティブの人が書いた英語を見ながら、自分で今年の分を書いていく。修正があれば修正していく。やっぱりビジネスで一番ポイントになるのは、「要点が何なのか」「結論が何なのか」。それがちゃんとわかりやすく書いてあるか。そういう観点で、だんだん書けるようになっていったのかなと思います。

Emi
前年のサンプルをお手本にしながら、自分なりに書いて、それに手直しが入る。英語そのものの修正も一部にはあるかもしれませんけれど、主な学習のポイントは、「英語ネイティブの人たちが何を要点とするのか」「それをどうまとめると、きちんと簡潔にポイントをおさえた文章になるのか」。つまり、「ネイティブの視点」が学べたのかも。

そこでのご経験が、きっと翻訳・通訳をしている現在につながっているんでしょうね。英語と日本語の入れ替えができたとしても、果たしてそれがネイティブの視点に合っているのかどうか。

Nana
おっしゃるとおり!そう。本当にそのとおりです。

私は会計に特化した通訳しかしないので、あくまでもこの分野に限ってですが、ただ伝えるのではなくて、「『ポイントはこれだ!』というのをつかんで伝える」「相手の人が本当に知りたいことのエッセンスをうまくつかんで、それを上手に伝える」というのが大切です。「私はそれをもっと極めて行かなくちゃいけないのかな」と思いながら仕事をしています。

Emi
それがモットーの、「刺さる書き言葉・話し言葉」?

Nana
まさにそうです。書くときも話すときも、「その人が本当に言いたいことは何か」「だからこの動詞を使う」「だからここから始める」などを考えてやっています。自分が話すときは適当に思いついた順から話しますけれど、通訳の仕事で右から左へ伝える場合には、「なるべく言葉を選んで伝えたいな」と思います。

Emi
ネイティブから見ると、「言っている内容はわかる。意味はわかる。だけどいまいち共感できない」という英語がある。あるいは結果的に伝わるとしても、かなり遠回りをして、相手が歩み寄って時間をかけて咀嚼してくれて、ようやく到達するということも。それに対し、最短距離で、しかも相手がすごく寛容でなくてもパッと即座に伝わる英語もある。

「ゆっくり待ってもらわないと伝わらない英語」と、「刺さる英語」には差がある。奈々さんのような言語のプロは、やはり効率よく簡潔に端的に伝えないといけない。果たして学習者全員が“刺さる”ところまで到達しなきゃいけないかと言うと、そんな必要もないだろうとは思いますが。

Nana
おっしゃるとおり、皆がみんなそういう英語を使う必要はないと思います。あくまでも、「プロとして仕事をする」という観点での話です。

Emi
だから、まあ言ってしまえば、日本で英語を学ぶほとんどの人にとって到達しなくていいレベルかもしれない。でも、「刺さっているかどうか」という、カンを養うみたいなことは、学習の中にあってもいいかなと思います。

Nana
あぁ、確かに。

Emi
常には刺さらなくても、「自分の英語が刺さったかどうか」はわかる。あるいは、「通じている英語の中で、同じように見えても、実はこっちの方がより刺さっている」という見分けがつく。そのカンは、どんなことをすると養われますか?

 

「好きだな」と思ったら、真似してみる。

 

Nana
メールひとつとっても、「この人のメールは読みやすい」、「この人のメールは長い」というのがありますよね。「こういう書き方、好きだな」というメールがあったら、真似して書く。私はそれをアメリカにいた時もやっていました。それで「なぜ好きなのか」を考えると、「結論が先に来ている」とか「挨拶がいい感じ」とか、自分の好きな理由があるんです。

「あ、こういうふうに言うのか」と思ったら、それを真似する。他の人が言ったり書いたりした英語を意識して真似てみることで、上達できるんじゃないかなと思います。

Emi
「好き嫌い」というのも、やはりある程度の量を見聞きしないと出てこないかもしれないですね。

Nana
そうか、確かにそうですね。

Emi
たとえば教科書のような決まった枠組みの中の英語だけではなく、「生きた英語」、「相手の顔が見えるような英語」をなるべくたくさん見たり聞いたりする。そして、その中で自分が「好きだな」「こういう英語が使えるようになりたいな」と思うものをキャッチして、真似していく。そこから学べるところがあるかもしれない。

Nana
はい。それも一つの良い方法じゃないかと思います。

Emi
その方法なら、たとえば日本で「周りに英語を使う人がいない」という人たちにもできそうですね。

Nana
それから、プロフィールにも書いたとおり、私はTEDが大好きなんです。一日一つぐらいは必ず聞いているんですが、やっぱりTEDの登壇者にも、すごくわかりやすい話し方をする人と、そうじゃない人がいます。そこから、「じゃあどうして私はこれを聞きやすいと思うんだろう」と考える。「この人の話し方が好き」とか、「結論はここで言うのか!」とか。プレゼンの仕方がすごく上手なので、そこからいろいろと、毎日のように学べるんじゃないかと思います。

Emi
奈々さんは現在日本にお住まいなので、「日常生活で100%英語を使っている」という状況ではない。その中で、自分の英語をキープし、上達させるために、たとえばインターネットを通じてTEDのスピーチを一日一本、毎日聞いている。

Nana
決めてるわけじゃないんですけど、あまりにも好きで、気づくと一日一本見てるかも(笑)。

Emi
メールと同じように、スピーチの中から、「この人の英語が好きだな」「こういう話し方をしてみたいな」というのを見つけて盗む。

Nana
はい。やっぱり真似したいものって、あるんですよね。

Emi
TEDを使った英語学習法は山ほどありますが、奈々さんはどんなふうに使っている?

Nana
そうなんですか。私は字幕を使わないで、耳と目から、とにかくたくさん聞くようにしているだけ。特に学習というのは何もしてないです。

Emi
「字幕オフで、映像を見ながら聞き流す。以上。」という感じ?

Nana
「以上。」ですね(笑)。

Emi
そのくらいだから毎日続くのかも。もちろんこれも、現在の英語力や学習段階によって使い方はいろいろ。「そういうやり方もあるよ」ということですね。

 

人間の翻訳・通訳と、機械翻訳、AI。

 

Emi
翻訳というと、特に今は機械翻訳がたくさん出てきていて、まさに日進月歩でどんどんクオリティが上がっています。これは英語学習にも大いに関係するところですが、「ただ自分の言いたいことを外国語にして、相手に伝える」ということであれば、機械翻訳である程度できます。それと、奈々さんのように人間が訳すものとは何が違いますか?

Nana
右から左の翻訳・通訳だったら、これから機械はもっともっと上手になって、ほぼ完璧に訳せるようになるんじゃないかと思います。でも、たとえば書いていなかったら、それを機械は翻訳できない。言わなかったら通訳できない。

「実はこう思ってるけど、うまく言葉にならない」とか、「ちょっと言いづらいから、なんとなくこっちの言葉を使ってる」とか。そういう言わない言葉、出てこない言葉を汲み取ることができるのは、やっぱり人間の経験。特定の分野なら、その分野をよく知っていれば、「この言葉を使っていないけど、絶対にこのトピックを話していて、このことを言いたいんだ」とわかる。だから補足もできるんです。オブラートに包んじゃってる場面に、機械では太刀打ちできない。

または逆に、書いちゃったこと、言ってしまったことを、機械はそのまま全部出してしまいます。たぶん人間と機械の違いが一番よく現れるのは交渉ごとでしょう。お互いギリギリのところで交渉しないといけないときというのは、やっぱり言葉をものすごく選んで使う場合もあれば、部分的に伏せている場合もある。すごく微妙な駆け引きになることがあるんです。そこに機械が入ったら、ますますグチャグチャになることが予想されます。それは書き言葉も同じです。

ポリティカルな交渉ごとでは、ものすごく上手に立ち回らなきゃいけない。「ここはこういうニュアンスで出します」とか、「ディスクローズ(情報開示)はする、でも大事なところはちゃんとうまくオブラートに包んでおく」とか。そのバランスをきちんと理解して、間に入る必要があります。

もちろん当事者全員が英語など同じ言語を使って、全部うまくできればいいんですけれど、やっぱり日本にはまだまだ言語の壁があるので、翻訳・通訳が役に立つことはたくさんあるんじゃないかなと思っています。そして、特に役に立つのは、「うまく表現できないことを表現する」「こう書いてあるけど、本当に意味しているところはこっちだよ」ということを含めて伝え、ネゴシエーションの間に入ってスムーズに進むようにするところ。

そういう役回りをするには、やはり語学のレベルは相当高くないといけないし、その業界に精通していて、相手の言っていることの背景までわかるぐらいの知識は持っていないといけない。それがAIと人間の違い。発言に出ていないことを汲み取り、出ていても理解した上で省くなどして、きちんと右から左へ流してあげる。そのへんができるのは人間なのかなと思います。

Emi
機械翻訳やAIが今後どう展開していくかはわかりませんけれど、現時点ではあくまでも言語を分析、統計処理して、「こういう意味になる確率が高い」という順に訳出している。そのレベルで対応できるタイプの会話ややりとりなら、もちろんそれでいい。

でも、特に奈々さんが通訳に入るような厳しいビジネスの世界での交渉など、微妙な駆け引きのあるような場面では、「意図せず、あるいは意図して、発する言葉に過不足がある」ということがある。多すぎれば削り、足りなければ補う。そのさじ加減については、いくらAIが発達しても、果たして人間以上の仕事ができるかどうか、今のところはちょっと疑わしい。

 

「なんとなく」な英語か、そうじゃない英語か。

 

Nana
先日、プロの通訳の人と一緒に仕事をしたときに思ったんですけれど、彼ら彼女らは本当に素晴らしいんです。言葉を一言も逃さない。あれだけ能力が高いと、どんな場面にポンと放り込まれても、たとえば医学でもなんでも通訳できちゃうんじゃないかなと思います。しかも、サービスを受ける側も「なんとなく英語になっているから、できている」と思っているかもしれない。

でも、たとえば監査や会計の業界でいうと、お客さまは「この通訳は、業界のことを知っているかどうか」がわかるんです。おもしろいなと思います。私のお客さまには「本当に英語ダメなんです」と言う方も多いのですが、彼らは「英語はわからない」と言いながら、通訳が入って一文を聞いただけで、「この通訳は監査をわかっているか、わかってないか」が瞬時にわかる。私はそれを日本人にも、海外から来ているチームの人にも言われました。「Nana, you speak audit language.」、つまり「“監査語”しゃべるんだね」って。聞く人が聞いたらわかる。私は「その“わかる人たち”に対してお仕事をしていきたいな」と思っています。

Emi
そこ、伺いたかったんです。「クライアントは、通訳の専門性がどれくらいわかるのか」。「英語はさっぱりわからない」という人が通訳を雇う場合、監査を知らない通訳も使うし、知っている通訳も使う。どっちも英語になっている。なんとなく交渉も進んでいるように見える。「それで違いがわかるのかな?」と、疑問に思っていたんです。

Nana
わかります。

Emi
そうですか。わかりますか。

Nana
わかるんですけど、他に選択肢がない。そんなにできる人もいないし、おっしゃるとおり、「なんとなく進んで行く」。通訳を入れてキャッチボールをすれば、会議は進む。別の通訳が入って2つ並べると「違いがあるんだ」とわかってもらえますが、なかったらないで「なんとなくこれでよかったのかな」という感じで、なんとなく終わっちゃう。

通訳だけじゃなく、実は翻訳もものすごくそうです。内容がわからなくても、なんとなく英語になっていたら、「翻訳してもらった」と思って、お金を払う。そういうものが巷にあふれてるんじゃないかと思います。もちろんそれはそれでいいんです。そのぶん安く訳してもらえるし、「なんとなく英語になっていたらいい」という人もたくさんいますからね。

Emi
いま奈々さんは日本にいるので、特にそれを目にする機会があるんじゃないかと思います。「なんとなく英語っぽく見えるけれど、英語じゃない」というものが、日本にはたくさんありますよね。

Nana
本当にいっぱいあります。

Emi
それでも、完全な日本語よりは、たとえ不完全でも英語に見える方が助かる人は多い。だから、そこに価値はある。たとえば日本の街にある看板、標識、お知らせ、案内などが、すべて日本語で書かれているよりは、多少英語に寄せてアルファベットで書いてあって、それなりに単語単語の意味がわかるものが並んでいた方が役には立つ。

Nana
おっしゃるとおり。

Emi
なので、これは英語学習に関してですけれど、「その段階で満足」というのもアリはアリだと思うんです。「まったく一言も話せない」よりは、単語単語でも英語になっていた方が、やっぱり相手にとってはありがたいことが多い。ただ、それではやはり越えられない壁がある。そこから先、どこまで精度を高めていくか。

奈々さんが目指し、実践していらっしゃるのはその高いレベルの英語ですね。監査でいえば、「audit language」。たとえば奈々さんが通訳に入ったとき、右側にいる人と左側にいる人はどちらも専門知識を持っている。「その間に入る人がいったん“谷”を作ってしまう」みたいなことは、できるだけ避けた方がいいんじゃないかなということですね。

Nana
うんうんうん。ちょっとならそれでもいいんですけれど、やっぱり「なんとなくわかったような、わからないような感じ」で話を進めていると、徐々に徐々に溝が広がって、どこかの時点で「食い違ってるんじゃないの?」となることもありますから。

 

本人の言葉には、パワーがあるんです。

 

Emi
翻訳・通訳者に頼れば、たとえば私がまったく英語ができなくても、私の言いたいことは英語にして伝えてもらえる。そうなると、「じゃあ、私は英語を勉強しなくていいんじゃないの?」と思ってしまいます。翻訳・通訳者から見て、一般の人が英語を学習する意味とは?

Nana
やっぱり「本人が伝える言葉」ほど説得力のある言葉ってないんです。翻訳・通訳は一生懸命やりますけれど、でも私がどんなに一生懸命やっても本人にはかないません。たとえば「全然しゃべれない」と言っていたCFOが一言、「僕はこう思う」と拙くても英語で発すると、聞いている人には圧倒的なインパクトを与えます。

本人が発する言葉にはパワーがあるんです。どんなに優れた翻訳・通訳がいても、やっぱり所詮は間に入っている人。拙くても英語が使えると、自分にとって発信のツールが一つ増えることになる。だから「絶対英語は勉強したほうがいい」と思います。

Emi
仮に翻訳・通訳を入れて詳しい話をするとしても、それとは別に、自分から英語を発する機会を持つことが大切。

Nana
みんな中・高・大学でやっているから、英語の知識はばっちり。本当はできるのに、きっと気持ちの面でブロックがかかっていて、言えない。だから勉強するだけではなく、どんどん発信する機会を増やしていくといいと思います。訓練しておくと、たとえば会議でちょっと一言言わなきゃいけない時に、ちゃんと言葉が出るようになるんじゃないかな。

Emi
新たに学んで吸収することもあるけれど、日本の人たちにはすでに知っていることがある。それを思いきって出すと、当事者であるというだけで、その言葉には誰にも勝るパワーがある。

Nana
そうなんです。パワーがもう乗っかってるんですよね。

Emi
それを信じて、ためらわず発信してほしい。

Nana
どんどん発信してほしいです。小難しい話は適当に通訳なり翻訳なりにやらせておけばいいから、言いたいことはやっぱり本人が。そのくらいは本当に中学レベルの英語で十分できます。

Emi
翻訳・通訳の第一線で活躍している奈々さんが、「文法の基礎を学んだのは中学3年間だった」と言っているのだから、ぜひ皆さん自信を持って。「自分の言葉を、遠慮せず発すること」ですね。

Nana
本当にそう思います。

Emi
本日はありがとうございました。

Nana
ありがとうございました。

 

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