#08. 自己効力感

えみ

このポッドキャスト『まなびのはなし』では、大人の学びをサポートしているふたりが、それぞれ見つけた、考えたことを話したいから話しています。

倫子

今日もよろしくお願いします。

えみ

お願いします。

倫子

今日は、学習者に学びを届ける時に、相手がどういう気持ちになっているかを考える視点の一つとして、「自己効力感」について話してみたいなと思っています。

えみ

「自己効力感について話そう」って思ったのには、どんなきっかけがあったんですか?

倫子

最近、「これ、私ちょっと苦手だなぁ」みたいに思うことがあって。けど、大人なんで、メタ認識して、「これは今、自分の自己効力感が低くなってるだけだな」って認識したことがあったんです。

後で言いますけど、自己効力感の高め方ってあるんです。一人で振り返りするみたいな感じで。

具体的には今、大学院でファイナル(学期末)のペーパーを書かなきゃいけない時期なんです。

大学の時からなんですけど、英語でペーパーを書くことに、すごく苦手意識があって。「活字にして、それを決定的なものとして提出する」みたいなことにすごく心理的なハードルがあるんです。(前の)大学院から10年以上経ってますけど、今回も「やらなきゃなぁ。やりたくないなぁ。できなさそうだなぁ。時間かかりそう」みたいな。

いろんなネガティブな感情が渦巻いてた時に、「これは自分の自己効力感が下がってんじゃないかな」って思いました。

英語でペーパーを書いて、締め切りより前にフィニッシュラインに到達することに対して、自分の自己効力感が低いぞって意識したのがきっかけです。

えみ

じゃあ、倫子さんにとってはタイムリーな話題なんですね。

倫子

そうそう、そうなんですよ。

えみ

倫子さんには、自己効力感が高い状態から、「いま下がってる」って感じるイベントが時々あるんですね。

倫子

そうですね。私の場合は、テーマとか、向き合ってるものによって、デフォルトで高低が違うんです。

「下がった」というよりは、英語で長文のペーパーを書くっていうタスクに対して、自分の自己効力感がもともと低いんですよ。

で、「それを高めようじゃないか」みたいに思ったっていう感じです。

えみ

じゃあ、「今の、この物事に対する自分の自己効力感」を意識することが結構ある?

倫子

そうですね。うん、あります。

自己効力感って、あるタスクとか行動に対して、「自分はできるぞ」って思う信念とか自信を指すんですよね。なので結構いろんなテーマで考えることがあります。

自分に対して考えるのは久しぶりだったんですけど、学びを届けるときには、相手が「自分はそれができる」って思ってそうかなとかを考えます。

学びのみならず、たとえばキャリア相談されたときとかにも、相手が「自分のキャリアを切り開いていける」と思ってそうかどうか、自己効力感レベルがどのぐらいかな、みたいなのを意識しながら、「いかにそれを高めるサポートをできるかな」って思ったり。

自己効力感が高い人には高めるサポートじゃなくて、具体的に(相手が)知りたいことをポンポン渡せばいいんですけど、「低めだな」って思う相手に対しては、ちょっと関わり方を意識するとか、そういう感じです。

英語では、self-efficacy って言うんですけど、えみさんは、あんまり考えたこと、聞いたことがない感じですか?

えみ

私は、日本語で言うところの「自信」について長く、よく考えていました。感覚的には、日本語の「自信」は、self-efficacy、self-esteem、self-confidence を含んでいるって考えています。

基本的に私は自信がない人なので。

倫子

その3つのカテゴリー、全部をまとめた「自信」がない?

えみ

そうですね。私は自信がないんですが、「自信を持った方がいい」って言われることが多いので、「本当にそうなのかな。自信を持った方がいいのかな。持つにはどうしたらいいのかな」っていうのを、若い頃からずーっと考えていました。

倫子

なんか年季が入ってそう。笑

えみ

笑 うん。今は考えてないんですけどね。考えていた時期がありました。

その中で、「自己効力感」っていう概念を聞いて、「なるほどな。それも自信の一つでしょうね」って思ったことがありましたね。

倫子

英語と日本語の訳に微妙なズレがあることっていっぱいあると思います。英語だと、self-esteem、self-confidence、 self-efficacy って、かなり違うように定義されてる気がするけれども、日本語の「自信」だと、確かになんか全部合わせて自信みたいになるなって思いました。

self-confidence については、他の2つからどのぐらい離れてるかあんまり考えたことがないんですけど、self-esteem(自尊心)と self-efficacy(自己効力感)は、リーダー育成をする時に「似た響きだけど、全然違うよ」みたいに言うことがあるんですよね。

えみ

どう違うって伝えていらっしゃいますか?

倫子

自己効力感は、どちらかというと「何々ができる」みたいなことに対する自信。キャパシティ(どれだけできるか)やケイパビリティ(何ができるか)、「乗り越えられるぞ」みたいに思えるかどうかっていう話です。

自尊心になると、どちらかというと価値の話で、「自分が自分の価値をどのように捉えているか」とか、「自分が自分に対してどのくらい尊敬、リスペクトの念を抱けるか」とか。「何ができるか、できそうか」というよりは、「自分のバリューに対して、どのくらい肯定的で、どのくらい受け入れることができるか」っていう話です。

なので、リーダー育成の文脈で自尊心の方に触れることはあんまりなくて、自己効力感にとどまる感じです。

えみ

ビジネスの文脈だと、「何ができるか」っていうね、実際に行動して実績を残すとか、売り上げを上げるとか、結果に直結する自分の考え方の方が重要ですもんね。

倫子

もちろん、人によっては、いま自己効力感が低い背景に、たとえば過去に経験したことや経験できなかったことを自分で固定概念というかストーリーとして自分に伝え続けてしまった結果、自己効力感を持ちづらくなっている人もいるので、必ずしも単なる能力の話ではないんですけれど。

自己効力感の話をするときの出発点としては、「何ができそうか」とか、「あそこに行けそうか」、「自分は自分の行きたいところに向かえると思っているか」っていうところにフォーカスしていますね。

研修じゃなく、コーチングでも自己効力感に触れることがあります。

コーチングだと、マンツーマンで、心理的安全性のある場で話をしていくので、self-esteem(自尊心)とか自己肯定感、あとは self-compassion(自分への思いやりや慈しみ)とかの方面に入っていくことが結構あるかなと思います。

さっきえみさんが、他の方から「自信を高めた方がいいよ」ってフィードバックされるっておっしゃってましたけど、私は「低いから治さなきゃ」みたいな視点で自己効力感を見たことはないです。

たとえば自尊心が低い方がいたとして、コーチングの場で、相手が明らかに「自尊心を高めたい」って言ってるなら、高めるのを手伝った方がいいなと思います。

けど、自己効力感も自尊心も、それが本人のありたい状態で、特に課題を感じていないようなら、(そのままで)いいんじゃないかなと思います。

インポスター症候群の話に近いですけど、私は「自信満々である必要はない」と思っているんです。

ただ、たとえばマネージャーに対して「自己効力感を高める支援をしましょう」って育成をする場合は、(本人たちに)行きたいところがあるからです。

行きたいところに行くときに、自己効力感が低いことが邪魔になるんだったら、それを高める支援をしてあげれば、相手が願いに到達できるようにサポートできますよね。

えみ

自己効力感が高いと、いいことずくめではあるんですよね。

倫子

笑 ま、そういう風に書いてありますよね、いろんなところに。自己効力感が高い人、たぶん全体的に強いですよね。

えみ

なので、お勧めしてしまうことが多いんじゃないかと思うんですね。

私自身は、周りからさんざん「自信を持ちなさい」って言われてきて、一時は「持った方がいいのかな。自己効力感を高めた方がいいのかな」と思った時期もあるんですけれど、「やっぱり自分には要らないな」っていう結論に至りました。

「(自信は)あれば便利だけれど、なくても大丈夫」って思っています。

倫子

うんうん、そうですよね。

自己効力感について、普段はざっくりリーダー(育成の)など、仕事の文脈で考えることが多かったんですけど、今回、ここで話そうと思って調べたら、いろんなタイプの自己効力感があることや、それぞれについて研究とかもされているらしいことがわかって、面白かったんですよね。

たとえば学力。アカデミックの分野で優秀であるみたいな自己効力感。

ソーシャルは、対人関係での自己効力感。

エモーショナルの自己効力感は、たとえば自分の感情をうまくマネジメントできるかどうか。

健康面での自己効力感とか、キャリア。自分の欲しいキャリアを手に入れる自己効力感。

ペアレンタルは、要は親、子育てをする側の人間としての自己効力感。子供に対して効果的な行動ができるって思ってるかどうか。

ファイナンシャルは、自分の金銭的な健全性みたいなのを維持できるぞって自信がどのぐらいあるか。

自己効力感にもジャンルがいくつかあるんだなって、すごく面白かったんですよね。

これで言うと、私、ファイナンシャルの自己効力感めっちゃ低いよね。全然お金が貯まる気がしない、みたいな。

あと、ここには書いてないですけど、私、料理のスキルもすごく自己効力感低いので、料理が成功する可能性に対して全然自信が持てない、みたいな。

えみ

笑 いろいろ名前を付けると無限にありそうですけど、全部を「自己効力感」と呼ぶ必要があるかどうかはちょっとわかんないですけどね。

倫子

笑 「自信」というかね。

えみ

「得意なものと、苦手なものがあるよ」っていうだけの話のような気もしますけどね。笑

倫子

笑 うんうん。

えみ

私の場合だと、英語学習者の方が、特に最初のうち「自信がないです」っておっしゃることが多くて、(その真意)を紐解いていくところにすごく時間をかけています。

さっき言ったように、エフィカシーなのか、エスティームなのか、コンフィデンスなのかっていうところも分かれてきますし、「自信」の意味は、結局「英語が苦手っていうことを伝えたい」っていうことだったりしますのでね。

練習を重ねて、その苦手が少し弱まって、苦手を強く意識しなくて済むようになれば、その人の言葉で言うところの「自信がついた」っていう状態になるのかもしれない。

だから、そんなにくっきり区別をつけたり、「どういう種類の自己効力感か」を考えたりすることは、私にはないですね。

倫子

私もなくて。英語圏あるあるだなと思うんですよ。リストにする、みたいな。笑

えみ

言い出すとキリがない。笑

倫子

そうそう。

一応、「自己効力感の高め方」みたいなのって4つぐらいあるって言われています。

今おっしゃってた、「英語が苦手な方が、練習することで少しずつ苦手を克服する」みたいなことが「自己効力感を高める」っていうことと同義だとしたら、4つのうちの1つはそういう経験です。小さな成功体験を積む。

他に、えみさんがそういう学習者の方を見ていて、「あ、こういうことが、この人の自信につながりそうだな」みたいに思ったことはありますか?

えみ

「自信を高めたい」とか「自己効力感を高めたい」って思ったことはなくて、「自信がないならないで、やっていく方法はあるよ」と考えているので、目的としては「やる気を刺激する」になるんですけど。

さっき言った、「ちっちゃな成功体験を見つける」の他には、「過去のできたことを思い出してみる」。

「英語以外で、たとえばスポーツとか趣味で、何かできるようになったことってないですか?それはどんなことでしたか?どんな気持ちになりましたか?」

そんなふうに掘り起こしていくと、「あ、そうか。私にもできることあったな」って思って、「じゃあ英語もできそうかも」みたいな。

あとは、日本人で英語ができる人について、「具体的にどんな人を知っていますか?」みたいなことを聞いたり、「自分がそうなったら、どんなことが起きそうですか?」って想像していただいたり。

「やる気」の観点でそういうお話をしますが、それは結構、「自己効力感を高めるやり方」と言われているものと重なっているなと思っています。

倫子

うんうん、そうですね。

確かに、「自分ができないと思ったことが、できるようになった」っていう過去の出来事を想起してもらうって、すごく重要ですよね。

あと、自分とは別の、想像できる具体的な人を考えてもらうも、よくある、いいやり方ですよね。私も、「自分とちょっと似た人がやっている」みたいな具体例って結構効果的だなって思います。

自己効力感の提唱者は、バンデューラ (Albert Bandura) さんっていう人なんですけど、彼が「これも役に立つよ」って言っている一つに、「説得」っていうのがあるんですね。

他の人が、「あなたならできる」みたいなことを言うこと。それが意外と効果的なアプローチとして入っているんですが、個人的にはあんまり…。「使い方、要注意」みたいな感じだなと思っています。

えみ

私もです。すごく、すごくわかる。

倫子

「あなたならできると思いました」とか言われても、「いやいや!」ってなっちゃう人も多いじゃないですか。

だから、もう少しマイルドな、たとえば「◯◯さんはこういうところが上手ですよね」って本当に具体的に、実際にその人がやっていることを承認しながら相手に思い出してもらう、ぐらいはありそうなんですけど。

Persuasion(説得)ってなると、いや、それで「やれそうだな、俺」ってなる人、どれくらいいるのかな?

まあ、いるんだと思うんですけど。

えみ

まあまあ、いると思います。効果はわかります。ちょっと暗示をかけるようなところがあると思うので。

倫子

そうね。うんうん。

えみ

特にね、ちっちゃい子がお母さんに「あんたならできるよ」って繰り返し言われることで、根拠もなくできるような気分になる。

倫子

あー、確かに確かに。

えみ

そういう意味での「説得」だろうと思います。

私たちのように、大人の学びをサポートする人がやたらに「できますよ」って言うのは、私も違うなと思います。

私が「いや、それはできますよ。あなたの今までの経験からしたら、これは怖くない」って(学習者に)言う場面はあるんですけど、それはやっぱり本気でそう思ってないと言えない。

倫子

笑 そうですよね。

えみ

「効果があるから言ってるんでしょ」みたいなのは、違うなーって思うんですよね。

倫子

そうですよね。似たようなメッセージを伝えるなら、その本人の視界に、具体的な人が実際にやってるシーンをさりげなく見せる方が効果的だなと思います。

けど、おっしゃるとおり子供に対しては効果的な感じがしますよね。「大丈夫、行ける!」みたいな応援も含めて。

えみ

「説得」っていうもの全般に、声をかける側の願望が乗りすぎてる感じがするんですよね。笑

倫子

ね。アジェンダがある感じが伝わっちゃいそうですよね。

えみ

学習者が自分の力で学びたい方向に進んでいくのをサポートするのが私たちの役目だと考えると、「こちらが何かしらの意図を持って、その方向に強引に連れていく」っていうのは違うって感じるのは自然なことかなという気がしますね。

倫子

そうですね。

自己効力感を「高める」関わり方って、高めるという成果にフォーカスするよりは、さっきえみさんが言ってたような、「やる気を刺激する」。

刺激するのも、一応こちらの意図はあるんですけど、刺激された後、何が起こるかは相手に任せる、みたいなニュアンスの方が私たちの好きな感じに近いですね。

えみ

うん、そうね。好みの問題でしょうね。

倫子

なるほどな。

えみ

私に対して「自信を持った方がいい」って言ってくれた友人とか先生たちとかのことを考えると、やっぱり親切心からだったんだろうと思います。

それに、(私が)自信を持って、自己効力感の高い状態で何かに取り組んでくれた方が、見ている側の心が安定するんだと思うんですよね。

倫子

笑 なるほど、なるほど。

えみ

たとえば先生や親が、子供に「自信を持った状態でいてほしい」って思う気持ちはわかるんですよね。

わかった上で、一旦はそれに応えようと思ったんですけど、でもやっぱり無理なんで、やめました。笑

倫子

なるほど、なるほど。いやー、そういうの重要なんですよね。

性格特性の話でも、「内向的」「外向的」とか、「安定感がある」「そわそわする」とか、いろんな軸があったと思うんですけど、資本主義の世の中で、生産性高く行動する世界では、どっちかの方が少し好まれるというか、「そっちの方がいいよね」みたいな感じが乗っかっちゃってることって、すごく多いと思います。

一時期、敏感であることが、悪いじゃないけれども、大変だよねみたいに言われていました。「本人は生きづらいし、周りの人も大変だから、あんまり敏感じゃない方がいいんじゃないか」みたいな見方です。

けれども、多様性とか、いろんなことを考える社会になりつつある中で、「敏感な人たちの持ってる才能って、むしろ大切だよね」みたいな論調も少し出てきたりしています。

やっぱり、「良し悪しの軸をつけるって危険だよな」って思いますね。

えみ

おそらくどっかで研究されていそうだなって、いま思いましたけど、「自己効力感と繊細性」だったり、「自己効力感と外向・内向、性格特性」って相関関係ありそうな気がしますね。

倫子

確かにそうですよね。それぞれ古い概念だし、結構いろんなところで使われてるものだから、相関関係を調べている人がいてもおかしくなさそう。

えみ

私は本当に自信がないし、ゴリゴリのインポスター症候群なので、「そういうもんなんだ」と受け止めています。

倫子

インポスター症候群については、また別途、話したいです。アダム・グラント (Adam Grant) っていう組織心理学者が最近いろいろ発信していて、あまりにも皆が「私もインポスター症候群」ってなっている今の世の中において、「ラベルが存在することの、社会への影響」みたいな話をしていて、すごく面白かったんですよね。

えみ

アダム・グラントは社会をよく見てるから、皆がある方向にわーっと流れていくことに対して警鐘を鳴らす感じがありますね。

倫子

自己効力感ともつながってますもんね。ぜひぜひ、それも今度、話しましょう。

えみ

そうしましょう。

倫子

今回はこんな感じですかね。

えみ

今回は、「自己効力感」について話しました。

『まなびのはなし』は毎週1回配信予定です。それではまた次回。