イベントQ&A #4: 言語、教育

Pocket

シリーズ第4弾(最終回)は「言語、教育」に関するご質問。
誠実に対応する回答者のことばづかいや教育的な姿勢にも、学ぶべきところが大いにありますよね。

Photo by Aaron Burden on Unsplash


★=ゲスト、ホストの回答 ☆=参加者の回答
1. 機械を挟んでコミュニケーションを図ることは現実として成立し得ると思われますか?機械翻訳の精度が高まっても、習得した英語(外国語)で直接コミュニケーションを取れることが強みになり得ると思われますか?
★成立すると思います。ですがそれがそのまま実際に外国語を用いたコミュニーケーションの重要性を損なうことには繋がらないと思います。語学ができることそのものの位置付けもまた将来的には今とは変わってくるのではないでしょうか。(礒谷有亮)
★難しい質問です。。。私としては機械を挟んで会話することにより、なんとなく警戒心というか相手に対する信頼がそこまで持てないような気がします。道端で人に道案内をお願いするときとかにも機械翻訳で、となったらあまりいい気はしないような気がします。なのでやはり自力で話す方が相手に対する信頼を与えられていいのではないか、と思います。
★日常的、実務向きの機械翻訳の精度はどんどん高まるのではないでしょうか。たとえば旅行において必要な外国語は機械翻訳で事足りるようになってくる気がします。ですがどうしても人間でないと解釈できないニュアンス、ユニークな言い回しなどはやはりあると思います。そうでなくても、直接人の口から出た言葉を理解できるというのは、機械を通した会話にはない心理的なインパクトがあると思います。
★成立し得ると思います。感情や個々の信頼関係があまり関係しない場では、言語コミュニケーションが機械に取って代わられることもあると思います。ただ文学的表現が求められるような翻訳や、人間関係が大きく絡んでくる営業的な場面では、直接のコミュニケーションが消滅することはないと思います。(梅田 麻友子)
★成立し得ると思います。「強み」については、機械の精度というより人間の向上心や欲の問題かなと思います。人間が「もういいや」と学びを放棄するなら学習の価値は失われるでしょうし、「これでは足りない」「他に何かないか」と意欲的に学ぶなら学習の価値は高まり、価値が高ければ強みとなるでしょう。言語に限ったことではありませんよね。(神谷えみ)
★成立しうると思います。機械翻訳をうまく使うことで新たなコミュニケーションが広がるはずです。ただ、その使い物になるのが、5年後か10年後か15年後かわからないけど、それまで英語を使わないですませるのがいいかどうかは、人によると思います。ただ、言語は人の考え方とか感じ方と切り離せないところなので、英語を自分で学習する強みがなくなる時代は向こう2,30年は来ない気がします
★すぐ可能になると思います。なので英語だけを強みにせずにほかの専門性も追求されたほうがいいと思います。
★非言語コミュニケーションの割合の方が言語コミュニケーションよりも断然大きいということ一つとっても、目的によって使い分けになると思うし、直接コミュニケーションじゃないとことをなさないことはあるでしょう。外国語学習意欲が削がれたとしたら、機械を使ったコミュニケーションで破綻することがとても多いと思う。外国語を知らざる者は自国語をも知らざるなり。(平松里英)
☆メールや文章では温度が伝わりにくいことがあるように、雰囲気や言葉の選び方、表情、テンポは直接コミュニケーションを取れることの強みだと思います。
☆機械だけではどうしても変換できないニュアンスやその場に応じた表現の豊かさなどは、これからもきっと「人だからこそできる強み」だと私は思います。(Sayuri)

2. あなたにとって英語(もしくは言葉)とは?それを学ぶこととは?
★世界観と想像力の拡張。(礒谷有亮)
★英語を学ぶことは終わりがないですが、生活の一部として毎日行うことだと思っています。毎日新しい表現を学んでいますし、今でも英語が話せなくて落ち込むことはたくさんあるので。
★自分の中にある、形のないものをに人に伝える、そしてほかの人の中にあるものを受け取る方法です。さまざまなツールが沢山あればあるほど、より精密に、より忠実にその受け渡しができるようになります。
★自分の知見や価値観を広げ、人生を豊かにするためのツール。英語を学んだことは、自分の生まれ育った環境やそこで得た価値観がすべてではないと知るための重要なきっかけになりました。(梅田 麻友子)
★「ことば」は、それを使う人たちについて知るための手がかり。手がかりのうちことばが占める割合は人それぞれですが、私にとってはほとんどすべてです。「ことばを学ぶこと」は、思考を深めたり、心のひだを増やしたりして、人としてのキメを細かくしていくための内的なプロセス。英語と日本語はあまり区別なく学び続けている反面、それ以外の言語にはなぜか興味が広がっていきません。(神谷えみ)
★コミュニケーションのツールと同時に、日本語のときと違う思考をもたらすインスピレーション
★ただただコミュニケーションツールです。
★必要不可欠なこと。(平松里英)
☆やりたいことをするためのtoolの一つ。英語が話せることによって選択肢は広がったと思います。
☆より多くの人や情報と繋がるためのコミュニケーションツールのひとつ(Sayuri)
3. Reading/Listening/Writing/Speakingのどれが一番むずかしいですか?
★ライティング。日本語でも同じく。(礒谷有亮)
★スピーキングとライティングが難しいです。(2つでごめんなさい)
スピーキングとライティングは、自発的に行うものですし環境や相手によっては(ビジネスの時やカジュアルの時、初対面の人と話す時など)使い分けが必要だと思っていて、特にビジネスの環境でのライティングはいまだに苦労しています。
★Speakingです。性格が内向的なので、もともと話すのが割と苦手です。Writingでは自分のペースで、書いた内容を編集できますが、スピーキングではそれができません。
★アカデミックな場ではreading、ビジネスではspeaking(梅田 麻友子)
★内容によりますが、あえて1つだけ選ぶなら Writing。日本語、英語を含むどの言語でも、4つの技能の出発点であり、集大成だと思います。「むずかしさ」ではなく個人的な好き嫌いでいうなら、Reading がダントツで苦手です。(神谷えみ)
★writing
★今はwritingが一番難しいです。メールなどで簡略化されてきているので。
★一概に言えない。恐らく、しっかりと深く理解読解できるレベルと考えるとReading かな。(平松里英)
☆speaking。仕事の際に、適した言葉選び、ちょっとしたニュアンスの違いなどで伝わり方が違うのでビジネス英語は特に慎重になります。
☆Writingが苦手です。アウトプットするにはインプットがまだまだ不足してると感じるからです。Speakingに苦手意識がないのは「なんとなく勢いで乗り切れそうな気がするから」かと思います。おそらくミスコミュニケーションはあるかもしれないですが、でもWritingだと文字で自分が言いたい不足していることのニュアンスを説明することが難しかったりするので、個人的にはWritingが一番難しいと感じています。(Sayuri)
☆自分の考えを一方的に伝えるWritingです。特に冠詞や可算名詞、前置詞を正しく使うことが難しく、フォーマルレターを書く時に困ります。(水本 円)
4. 日本語(国語)に自信がありません。どうしたら英語・日本語の力をバランス良くつけていくことができますか?
★「外国生活が長く、母語より第二言語の方が得意」というのはまったく珍しいことではないので、バランスにこだわらなくていいんじゃないかなと思います。「母語なんだから、できて当たり前」というのは真実ではないし、自分を追い詰めることになるのでお勧めしません。言語そのものが好きじゃないのなら、他の表現方法を工夫するのも手です。もし両言語のバランスを保ちたいのなら、使う頻度、質、量などを近づける必要があります。また、自分の日本語を評価・添削してもらう経験をすると安心できたり、自信がついたりすることもあります。その気になれば、ことばのトレーニングをする場はたくさんありますよ。(神谷えみ)
★日本語の本を読むこと。急にハードルを上げすぎず、小さい目標から徐々にクリアしていくことで伸ばしていくと良いかと思います。
よく使う言語の方が得意になっていくのは当たり前なので、そもそも自分にはどのレベルまでの日本語が必要かを考えてみるのも大事だと思います。(梅田 麻友子)
★ちゃんとした日本語で書かれたものをたくさん読むこと、その内容を細部まで理解すること、そこで知った言葉や表現をアウトプットの時に随時取り入れること、かと。地道な努力でしかしっかりとした言葉(母国語でも)は身につかないのかなと思います。逆にこの形をしっかり実践できれば英語・日本語のバランスも自然と取れると思います。(礒谷有亮)
★私も同じ状況です。英語のスキルをどうやって身に着けたかを思い出して、同じようなことを日本語でやればいいのでしょうか・・・今の生活で日本人と話すことがあまりないので、練習不足がやはり大きいと思います。日本語のニュース、活字などを積極的に取り込んだり、日本語で自分の考えを文章に書き起こしたり、をこれからやっていきたいと思います。「日本人のくせにまともに日本語がしゃべれない」というコンプレックスを取り除くのも大切ですね。自分には自分の状況や生い立ちがあって、それは悪いことではないし、今からでも変えられる、と思いたいです。
★バランスなど気にする必要はない気がします。不足していることをより意識すれば良い気がします。
★日本育ちですが、特に文章を書くことに関して、国語力のある人は英語力も高いので、特に初期教育ではどちらの勉強もされるのがいいかと思います。
★素晴らしい日本語の本、文学作品を音読すること。漢字の読み、熟語の読みで読めていないものがあるかもしれないのです、できれば誰かに聞いてもらうこと。それがかなわないなら、自分一人でもやったほうがいい。学科教科として日本語が苦手という人。私も定型通りに現国の読解ができませんでした。あまり心配はいりません。ただ、優れた日本語をインプットすることは必要です。ブログなどではなく(間違いがたくさんある)校閲されている、優れた文章にたくさん触れること。(平松里英)
☆日本語はありきたりですが読書がおすすめです。日本語、英語共に使う機会を増やすのが一番かな、と思います。
☆日本語も外国語もそうですが、アウトプットするためのたくさんのインプットをすることや、日々の生活の中で「当たり前」と思っている自分の文化や生活について意識して見てみるといいかもしれません。私たちにバックグラウンドや常識があるように、外国語が母語の環境にはその土地の文化背景や生活があるので、実際に海外へ行かなくとも、日本語、外国語、発信されているいろんな情報を意識して楽しみながらインプットしていくと、何らかの発見や気付きがあって、それが結果言語のスキルアップに繋がるポイントになるような気がしています。(Sayuri)
5. 日本の高校(特に英語の授業)で、高校生に伝えてほしいこと、伝えた方が良いことは何ですか?
★言葉を習得することで世界(観)が何倍にも拡がる、ということ。(礒谷有亮)
★英語を学んだ先に何があるか、ということを同時に伝え、生徒に目的意識を持ってもらうことが何より大事だと感じます。「これからは英語が必須の時代だから…」というのはよく聞く言葉ですが、それはなぜなのかを突き詰めてわかっている高校生は少ないでしょうから、具体的な事例を話してあげるとより腑に落ちやすいのではないでしょうか。あとは学んだことを実践する場(英語学習が役に立つという実感が持てる実践の場)をできるだけ増やしてあげられれば理想的だと思います。(梅田 麻友子)
★たくさんありますが、英語についてもし一つだけ挙げるなら、「本当の英語の世界は、受験の後ではじまるよ」。教育全般でいうなら、「先生や他の生徒が思いつかないような、自分だけの発想や学びをどんどん広げていいんだよ」。(神谷えみ)
★日本で英語が勉強できなくても、英語は話せるようになるので、授業・カリキュラムが全てだと思わない方が良いです(教えてる方には申し訳ないですが)
★少なくとも、日本で教えている英語はおおむねアメリカ英語であること。なぜ人本ではアメリカ英語が主流で教えられているのか(アメリカに戦後占領されたから)それらを知る権利があると思う。(平松里英)
☆中学、高校の基礎英語、文法を理解していれば将来的に英語が必要になった時にとても役に立ちます。
☆「日本で学んでいることが全てではないよ」ということ。語学、歴史、学習方法、将来の捉え方。様々な場面において、正解はなくていい、いろいろな捉え方や考え方があっていい、ということを若いうちから吸収できたらいいな、と思います。これは日本だけでなく、海外へ出ても、その国の固定観念に縛られて外国人にその土地の「普通」を押し付けようとする人たちがいるような場面で私が実際に感じたことで、日本にも日本の常識があるように、視野が凝り固まっているとそれだけで他人を否定したり、何かの型にあてはめようとしがちになってしまうことがあるからです。柔軟に物事を捉えられる、否定より受け容れられるだけの器をもてるような思考をもてる若い人が増えたらいいな、と思います。(Sayuri)
6. 今後の教育、先生の役割、新たな学びの形について、どうお考えですか?
★今後の教育=興味、探検、共創を尊重したものになる。直接的なものではなくループの連続のものになる。生涯にわたり学び続けることに(今もそうですが)。先生は学びのファシリテーター、機会のキュレーター、共創相手とのcreative tension (異なる意見をお互いに尊重して、より良いものを一緒に、足し算ではなく掛け算でつくりあげるときに生まれる摩擦)をくぐりぬける過程でのコーチ。(Tomoko)
★新しい形の教育と伝統的な形のもの、それらを対象のレベルやニーズと合わせてどう選択するか、組み合わせて行くか、が大切だと思います。たとえば初学者や初等教育にはアクティヴラーニングを取り入れたほうが入りやすいでしょうし、研究職志望の大学生などにはどちらかという古い形の教育で基礎を叩き込むことが向くのではと思います。そういう意味でより柔軟に教育方法を使い分ける力がこれからの先生に求められるのではと思います。(礒谷有亮)
★今後は事実を教えるだけでなく、生徒自身に考える力をつけさせるような教育の形が増えていくでしょうし、そうあるべきだと思います。例えば歴史一つとっても、過去の事実を記憶すること自体が目的ではなく、なぜそのような事が起きたのかについて流れに沿って思考する力がつくような教育スタイルになれば良いなと思います。(梅田 麻友子)
★教育は学習者を中心に、学習者がそれぞれに成長するための刺激をたっぷりと用意することが求められるでしょう。「先生」は学習者が自分を超えていくことを歓迎し、学習者の可能性を信じ、長所や強みを目ざとく見つけ、成長のためのサポートを惜しみなく。ティーチングからコーチングへ。少なくともアメリカとヨーロッパでは実際にその方向へシフトしようとする教育者にたくさん出会いました。もちろん欧米流がそのまま日本で採用できるわけではないし、誰にとっても完璧な教育というものはないので今後も試行錯誤や揺れ戻しが繰り返されていくわけですが、わりと大きな節目の時期に日本の外で教育を専門的に学ぶことができたのは幸運だったなと思います。(神谷えみ)
★何をするにも基礎は大切で、それは変わらないはずです。先生は、知識・知恵を与えるのではなく、学び方を教える様になるはずです。学習者は『これをやっておけばオッケー』という基本が減って、自身がやりたいことに敏感になって、選べる(選ばなくてはいけない)時代が来るとは思います。
★単純にいうと語弊があるかもしれないが、シンプルに言うとアウトプット重視の方法。(平松里英)
☆大人になるって楽しいよ、と伝える先生が増えたら素敵だと思います。

 

イベントQ&A シリーズ
#1: 英語学習のコツ
#2: 日本と外国
#3: ライフスタイル
#4: 言語、教育

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *