#08. 郡司 まり香さん(ハードウェアエンジニア)

シリコンバレーでハードウェア開発に携わる郡司 まり香さんに、子どもの頃からコツコツ続けてきた英語の学習法、自信に満ちたプレゼンテーションや交渉に対する心構えなどについてうかがいました。

郡司 まり香 Marika Gunji-Yoneoka

シリコンバレーで働くハードウェアエンジニア。2006年に渡米、大学院で材料工学科のエンジニアリングPhDを取得後、半導体メモリのプロセスエンジニアとして働く。渡米前は、幼少期にボストンに2年間居た以外は、日本で生まれ、日本で育つ。今年初めての転職を経験。転職先ではディスプレイのプロセスエンジニアとして働く予定。大学院のアドバイザー曰く”Connection is everything!”. 今回の転職でも恩師の言葉を痛感。英語(特に仕事)は分かりやすい単語ではっきりと大声でがモットー。

Emi
では、自己紹介をお願いします。

Marika
はい。アメリカ西海岸のシリコンバレーで、ハードウェア・エンジニアとして働いています。主な仕事の内容としては「プロセス・エンジニアリング」という、たとえば半導体の中のICチップや、メモリーの半導体プロセスを考える仕事です。

実は最近転職しまして、扱うプロダクトがちょっとだけ変わり、転職先ではディスプレイを担当します。iPadの画面や、その中に含まれている半導体部品を取り扱うプロセス・エンジニアリングです。

Emi
まり香さんのお仕事は、きっと私を含め、みなさんの生活の中ですごく役に立っているんでしょうね。

Marika
そう言っていただけるとありがたいです。目に見えない、ナノサイズの話なので(笑)。

Emi
ナノサイズだからこそ、スケールが大きいんですよね。

Marika
ありがとうございます。

Emi
今は仕事を含め、日常的に英語を使っている?

Marika
そうですね。西海岸は人種が多様なところです。特に私の分野は電子工学系なので、大多数を占めるのは白人ではなく、アジア人です。中国人、台湾人、インド人、韓国人など。そこで「共通言語としての英語」を使っています。

 

アジア人がほとんどいない環境で、英語と出会う

 

Emi
まり香さんが最初に英語に出会ったのは、いつどこでですか?

Marika
最初は、父の留学でボストンに行ったときです。5~6才の、たった2年間だったんですけども、そこでほぼ強制的に英語に触れたのが始まりでした。

Emi
5才までは、日本で英語に触れることはまったくなく?

Marika
そうですね。熊本で生まれて、5才までは日本国内を転々としたんですけど、英語に触れる機会はありませんでした。

Emi
それで、いきなりアメリカに。5才というと幼稚園ですか?

Marika
日本でいう年長さんぐらいです。

Emi
そこで英語の生活が始まった?

Marika
アメリカの小学校では、たぶん公立はそうなんですが、お昼の時間や放課後に第二言語として英語を学ぶ子どもたちを集めて、ESL*を開いています。私もそのクラスで先生に教えてもらって、ちゃんと英語を学びだしました。
*English as a Second Language:英語が母語でない人向けのクラス

Emi
5才でアメリカに渡って、ESLのクラスで英語を習い始めた。

そのときの印象や覚えていることは?

Marika
30年前のボストンには、あんまりアジア人がいませんでした。私の他には中国人の女の子が一人ぐらい。「まったく違う世界に来たな」という印象でした。文化も違えば、しゃべる言葉も違う。日本語は誰一人わからない。黒い髪の人もいない。

Emi
「楽しかった」「好きだった」などのポジティブな印象と、「怖かった」「嫌だった」などのネガティブな印象とでは?

Marika
これは、たぶんアメリカに赴任して小さいお子さんを学校に通わせている親御さんがみんなおっしゃることだと思うんですけど、最初の3ヶ月ぐらいは、ホームシックで、「日本の学校に帰りたい」というのがあるんです。

でも、子どもって不思議なもので、それを過ぎると英語で話す方がラクになってくるんですよね。なので、そこからはポジティブになりました。

Emi
英語が理由かどうかはわからないけれど、最初は文化が違うし、周りの様子も違うので「日本に帰りたいな」という気持ちがあった。でも、あっという間に慣れて、英語も話せるようになり、楽しくなった。そこで2年間、滞在していた。

 

帰国後は毎朝、『基礎英語』

 

Emi
その後、帰国して日本の小学校に。英語学習については何かしていた?

Marika
日本では現地校に行ったので、英語に触れる機会はなく、塾に行ったわけでもありませんでした。ただ、朝のラジオ、NHKの教育ラジオですね。あれを聞いたりしてました。

Emi
『基礎英語』とか?

Marika
はい。なんか本当、ベタなんですけど(笑)。

Emi
中学生用の番組じゃないですか?

Marika
そうですね。とりあえず母が朝早く起こして、「英語のラジオが始まるよ」と言うので、「はい、わかりました」って(笑)。

Emi
(笑) 幼稚園からアメリカへ行って、せっかく英語ができるようになった頃に帰国したので、親御さんとしては「日本に帰ってからも、英語を続けさせたい」というお考えがあったんでしょうか。

Marika
そうかもしれないですね。

Emi
「朝早く起こされて、ラジオを聞く」というのは、本人としてはどうだった?

Marika
子どもって不思議なもので、特にちっちゃい頃って、親から言われると「ああ、そういうもんなんだ」と思ってやり続けますよね(笑)。

Emi
じゃあ言われるままに、毎朝起きてラジオを聞いて?

Marika
特に抵抗もなく、でした。

Emi
ラジオの後について言う練習などもしていた?

Marika
たぶん小学校低学年のうちは、やり方を知らなかったんです。英語を話す機会はまったくなくて。なので、ディクテーション*をしていました。ラジオから流れてくる英語や、ディズニー映画の曲の歌詞を、「自分の手で、紙に書く」いうアウトプットしかしていませんでした。もっとしゃべる機会があればよかったんですけど。
*dictation:聞こえてくる単語や文章を書き取ること。

Emi
ラジオや歌を聞いて、英語を聞き取って、文字にして書いていく。

Marika
そればっかりでした。

Emi
そのやり方は誰かに教わった?自ら編み出した?

Marika。
親が教えてくれた記憶もないですね。たぶんなんですけど、自分で書いてみて、「スペル間違ってるかな」と思ったら、当時はインターネットもないので、辞書を片手に照らし合わせて、「あ、間違ってる」みたいな(笑)。もう完全に、「耳から学習」です。

Emi
いや、すごいですね。誰に習ったわけでもなく、自分で、耳から入ってくる英語を書いて、さらに辞書で確認して、スペルが間違っていたら直して。完全に自立学習ができている感じです。

Marika
どうなんでしょうね。親に聞いたら違っていて、もしかしたら何かやらせてもらってたのかもしれませんけど、自分ではそういう記憶しかないです。塾に行くとかはまったくなかったですね。もちろん中学生高校生になってから、受験用の塾には行かせてもらいましたけど。

Emi
小学生のうちは、家で自主的に英語の学習を続けていた。英語を使う機会は特になく、聞いて書き取る練習をしていた。

Marika
はい。書き取り一辺倒でした。たまに、気に入ったものを一人で発音してみたり。ちょっと暗いんですけど(笑)。

Emi
(笑) 本当に一人で完成している感じがありますね。

Marika
どうなんでしょうね。うーん。もうちょっと人と話せばよかったなと思います。

Emi
まあでも、日本の子どもって、英語を習いに行っているわけじゃなく、周りに外国人もいなければ、そんなに話す機会はないですよね。

Marika
そうですね。

 

単語も文法も、文で覚えました

 

Emi
小学校の間は、一人で英語学習を続けていた。中学に入って、英語の授業が始まってからはどうでしたか?

Marika
中学校に入ってからは、文法から始まる、完全に受験英語の勉強の仕方でした。

Emi
英語科という科目で教科書を使った学習などが始まる。幼稚園でアメリカに行き、小学生のうちは自分一人で学習していたが、そこから中学英語へはスムーズに移行していった?

Marika
ちょっと学校の先生と反りが合わなくて。というのも、たとえば自分はラジオや歌詞から知っている言葉があるのに、先生に「中学校の教材に出てくるような言葉ではないから」とか、「そんな言葉は知らない」とか言われたんです。そこで「ん?」と思って、中学に入ってから2年間ぐらい、ちょっと反発していました(笑)。

ただ、英語の塾に行って、たまたま良い先生に出会いました。その先生には、「英語を本当に覚えたい、習いたいなら、単語単語で覚えるんじゃなくて、文章にして覚えるんだ」と言われ、「あ、それは私と同じ考えだな」と思いました。たとえばラジオでも、「apple」「pen」と単語だけで言うんじゃなくて、文章にしてやってくれるじゃないですか。なので「この人に習っていこう」と思って、そこからまたやる気が出ました。

Emi
中学の最初の頃は、単語を一つずつ覚えて、日本語の訳と照らし合わせて、単語のテストをやって、スペルを覚えて…という学習になりがち。一方、まり香さんの場合は、それ以前に自主的に覚えていたボキャブラリーがあった。でも、学校でそれを使うと「教科書に出ていない」「まだ習ってない」と、制限をかけられたような感じに。それでモチベーションが下がってしまった。

その後、塾で理解のある先生に会って、「単語じゃなくて文で覚えた方がいい」と言われ、英語を実際に使うということも入ってきた。それでまた楽しくなった。

受験の準備もあって、そこでの学習は読み書きが中心だった?

Marika
学校では文法ありきで読み書きをやっていましたが、その塾の先生は、「センテンスで覚えると自然と文法も入ってくるから」という話をしてくださいました。確かに、自分の小さい頃のしゃべり方を振り返ると、そこにはたとえば関係代名詞が含まれていたりしていました。

日本で教わる英語は、現在形、過去形、現在進行形、その後ぐらいに関係代名詞。でも、センテンスで覚えると、そこに関係代名詞がすでに入ってきちゃったりするじゃないですか。塾では、そういうのをすんなりと覚えられるように、センテンスかつ文法を教えてもらいました。

また、インターアクティブなクラスだったので、発言の機会も与えられていました。私はそれまで、自分一人で引きこもって書いてたんで(笑)、「ああ、これはしゃべる良い機会だぞ」という感じで、しゃべるのも鍛えてもらいました。

Emi
カリキュラム上では、単純と考えられる構造の文から、だんだん複雑な構造の文へと並べられている。順序が決まっているから、たとえば中学1年生だったら、「この程度の単純な文は書けるけれど、こんな複雑なのはまだ無理だろう」みたいな暗黙の了解がある。

まり香さんの場合は構造からではなく、文から覚えていった。先生はその文をどこから拾っていらっしゃったんでしょうか。

Marika
参考書だったと思います。森一郎の『入試英文法の原点』っていう、いかついのがあって(笑)、そこから出されていました。著者の先生も同じような考えなので、たぶんその英語のクラスの教え方に合ってたんでしょうね。

Emi
必ずしも一般的な順序ではなくても、興味のある文から構造を覚えていく学習が合っていた。

Marika
かなり特徴の強い先生でした。授業の途中で、「おい、アメリカでこう言ったら、何のことかわかるか?」と、ことわざを書いたり。そういうのもありました。

Emi
ただ覚えるだけでなく、生活に密着した英語を実際に使えるように与えられていたのかも。

授業にはインターアクションの部分もあって、それまでコツコツと一人で積み上げてきた英語を使って「相手と言葉を交わす」という活動が始まる。それを高校まで続けた。文法も話すのも、楽しく進んでいた?

Marika
「大学受験のための英語」と割り切っていたので、文法を覚えつつという感じでした。まあ、でもいま思い返してみると、「あのときの英語力じゃ、まだまだだったな」という感じです。

 

留学を視野に入れ、国際交流イベントへ

 

Marika
大学に入ってからは、留学を視野に入れていました。理系なので3年生ぐらいで研究室を選ぶのですが、そのときに、留学経験のある先生のところへ行って指導教官になってもらいました。そこから、国際交流のイベントなどに参加させてもらったり、学会に連れて行ってもらったり。そこで、ほんのちょっと英語が向上したかなと思います。

Emi
日本の大学に所属しながら、後々は外国へ留学に行こうと考えて、英語を勉強していた。普通、日本の大学生が国際交流や学会に参加するというのはスムーズに行かないと思いますが、問題なく?

Marika
あ、お金を払えば、たぶん国際交流の場には行けて…

Emi
いやいやいや。参加資格ではなくて(笑)。

Marika
国際学会に関しては、先生と画策して、「留学を考えてるんだったら、国際学会に出しとかないとね」という感じでした(笑)。

Emi
英語で発表したり、英語の論文を書いたりしていた?

Marika
そうですね。まあ、いま考えると、学部生の大したことない研究内容なんですけど。

Emi
高校生までは、受験を視野に、入試を突破するための英語を学んでいた。受験英語と、大学生になって学会で発表したり、他の研究者と専門的な話をしたりする英語とは直接的につながらないのでは?どうやって身につけていた?

Marika
たぶん身についてなかったんじゃないかなと思います。発音は、5~6才で英語をやりだしたので、だいぶプリザーブ*されて残っているんですけど、やっぱりちゃんと外国の人と会話していないためか、どうやって話していいのかわからなくて。
*preserve:維持する、保つ

今じゃ考えられないんですけど、国際交流イベントに行っても、「シャイね」みたいな感じで扱われたりしていました。なので、受験英語からそこまで伸びはなかったと思います。

 

大学時代も、『基礎英語』

 

Emi
たとえば英会話を習うとか、そういうこともなかった?

Marika
やらなかったですね。また戻っちゃうんですけど、ラジオだけ聞いてて。中高の間も、大学生になっても、ずっとラジオは続けていたんです(笑)。

Emi
えぇっ、アメリカ生活を終えて小学生で日本に帰ってから、大学生に至るまで、ずーっとラジオ講座を聞き続けていた?

Marika
はい。ずーっと。それだけでした(笑)。

Emi
続けられた秘訣は何ですか?

Marika
何なんでしょうね。「朝、コーヒーを飲む」みたいな感覚ですかね(笑)。

Emi
一日の始まりに、日課として組み込まれていた。

まり香さんは、同じことをコツコツずっと続けていくのが苦にならないタイプ?

Marika
大したことじゃないこと、ルーティン化しているものであれば、苦にならないです。

Emi
いや、小学生から大学生に至るまで15年間、毎朝ラジオを聞くって大したことですよ。

ずっと同じ番組を聞いているんですか?

Marika
『基礎英語』から脱したことはなかったですね。『基礎英語』には1、2、3があるんですけど、3までアップした後、たとえばビジネス英語を聞くとかはせず、ずっと『基礎英語』でした。

Emi
『基礎英語1、2、3』の繰り返し?

Marika
詳しくは覚えていないんですけど、たぶんそうだと思います。

Emi
同じ番組を長年聞いていて、聞き方は変わっていった?

たとえば、「アメリカの幼稚園で使っていた英語を忘れないために」と聞き始めた小学生にとって、『基礎英語』は、その時点ではかなり高度。その後、中高生になって、だんだん『基礎英語』に適した年齢になる。また、大学生で、学会発表や国際交流をしている人にとって、『基礎英語』はやや簡単だったのでは?

Marika
うーん、あんまり変わらないですね。勝手な私見なんですけど、たとえば『基礎英語』に出てくる文法のきちんとした簡単な例文。あれが咄嗟に会話で出るかというと、出ないんですよね。たとえば学会で発表する場合も、文法は『基礎英語』レベルです。

Emi
なるほど。実際に英語を使う立場になったからこそ、『基礎英語』のすごさがわかる。

Marika
長く聞きすぎて、噛み締めすぎて、ヘンな違う味が出てきてる感じです(笑)。

Emi
いや、でもそう言われてみると、確かにそれが正しい気がします。『基礎英語』は偉大ですね。

Marika
すみません。宣伝をしにきたわけじゃないんですけど(笑)。

Emi
研究で使ったり、実際にしゃべったりする英語も、『基礎英語』の基本の文で練習した?

Marika
そうですね。でもそうすると、明らかに弱くなってくるのが語彙です。大学院に入るにはGRE*を受ける必要があるので、それは、それだけのために3年生の途中ぐらいから勉強しました。
*Graduate Record Examinations

Emi
GREは大学院に入るための共通の試験ですね。その中の、ボキャブラリーのセクションは、私たち外国人向けではなく、ネイティブの人たちでも苦労して覚える語彙なので、大変な難度。さすがにそこは『基礎英語』ではカバーできず、別途ボキャブラリーだけ学習した。

まり香さんの留学準備は、『基礎英語』とボキャブラリーを覚えただけで完了?

Marika
英語については、そうですね。ただ、ボキャブラリーの点数は低かったので、あんまり成功例ではないと思います。

Emi
すごいなあ。お金、全然かからないですね(笑)。

Marika
はい(笑)。「ラジオさえあれば」ってやつですよね。

Emi
ラジオ講座のテキストは買っていた?

Marika
あ、買おうと思ったんですけど、結局ディクテーションするから要らないんです(笑)。

Emi
そうか、テキストも手書きでできちゃうんだ。

Marika
そうなんですよ。

 

日本で学んでいた英語とは、ぜんぜん違いました

 

Emi
日本の大学を卒業後、アメリカの大学院へ。留学が始まってからはどうでしたか?

Marika
日本で学んでいた英語とは、もう全然違いました。いくら日本で英語の環境に触れようとしたところで、やっぱり機会が少ないですから。

授業では、アメリカ人の先生がアメリカ人の学生を対象に講義を進めるわけです。立て板に水のように話す先生もいました。それに、5センチ以上ある分厚い教科書が、1クオーター*で終わる。もう大変でした。それはそれは大変でした。授業を録音して、聞き取れなかった部分は後で聞き直していました。
*quarter:4学期制における1学期。

Emi
アメリカの教科書って、本当に百科事典みたいな、ものすごい分厚い大きい重たい本ですよね。それをネイティブが読む速度で読むように課題が与えられ、講義もネイティブが聞く速度で聞く。その授業を録音して、後で聞き直していた。

Marika
特に早口の先生の授業は、録音して後で聞き直していました。課題もばんばん出るので、課題をやる前に聞き直して。大変でしたね。それは大変でした。だいたい辛いことは忘れるんですけど、それは覚えてます。大変だったなぁって。カルチャーショックでした。

Emi
大量に読んだり大量に聞いたりということが大変だった。ただ、それは量の話。たとえばクラスメートと一緒にプロジェクトや日常会話をしたり、エッセイを書いたりなど、質的な面ではどうでしたか?

Marika
エッセイを書くことに関しては、もうボロボロでした。たぶんみんなそうだと思うんですけども、外国人が学術系の論文をちゃんと書くためには、そのための授業を受けないといけません。日本の起承転結を守っていると、まったくトンチンカンな論文になってしまいます。その訓練が必要だったので、ESLのクラスを取りました。

友達とのインターアクションに関しては、問題なかったです。冒頭でお話ししたとおり、私の分野の学生はほぼ全員がアジア人。共通言語としての英語を使って、「内容が伝わっていればいい」という感じで、アメリカ人だったらしないであろう会話が飛び交います。「意思が伝わればいい」「お互いさま」という感じでした。

Emi
なるほど。書くことに関しては、「アカデミック・ライティング*」と呼ばれる、学術的な文章に求められる独特の書き方を、ESLのサポートを受けて学んだ。
*academic writing

話すことに関しては、もちろんクラスにはネイティブもいるけれど、周りにいる人の多くは、まり香さんと同じくノンネイティブで英語を話している人たち。これは「リンガ・フランカ*」といいますが、「お互いさま」と表現されたように、「必ずしも正確できっちりした英語でなくても、意思疎通は十分できる」という状況だった。
*English as a lingua franca

 

「コンフィデンスがある」という褒め方

 

Emi
留学生としてアメリカの文化に入ったことに加え、新しい概念や新語を生み出すシリコンバレーと関係の深い大学院。英語ネイティブでも、「シリコンバレーの人たちのジャーゴン*はわからない」ということがあるが、“シリコンバレー語”にはどう対応していた?
*jargon:専門用語、業界用語

Marika
そういう言葉が使われるのはビジネススクールかなと思いますが、確かにこの地域には独特なしゃべり方があります。自分を頭良く見せる人、プレゼン能力のあるしゃべり方をする人がいるんですけど、それには慣れましたね。大学院時代から、周りはそういう人ばっかりだったので、「この人すごいな、めっちゃ頭良さそうだな… ん、待てよ?」みたいな(笑)。

Emi
プレゼンテーション能力というのは、たとえば日本人とアメリカ人を単純に比べても、アメリカ人の方が上手。シリコンバレーの人たちは、また特に上手。そういうプレゼンテーションを、留学生として早い段階から見てきた。

Marika
なので、「なんかコイツは胡散臭いぞ」みたいなのも、わかるんですよね(笑)。

Emi
(笑)

Marika
それから、「あふれる自信」です。日本とアメリカの違い、特に西海岸のこの地域との違いですけど、日本では「コンフィデンス*がある」という褒め方はしません。でも、ここではそれが結構な褒め言葉になっています。中身はともかく、「コンフィデンスがある」ということが大事です。
*confidence:自信

Emi
堂々とした態度で、きっぱり言い切り、いわゆる「ドヤ顔」でプレゼンテーションする。

Marika
そうですそうです。

Emi
留学が始まったばかりで、英語もまだ自由でない状況の中、そんなすごそうなプレゼンテーションを見たら圧倒されちゃうのでは?最初の頃、そういうプレゼンテーションを見てどう感じていた?

Marika
ああ、もう圧倒されました。「この人すごい人だ!」と思って。よくよく考えると大したこと言ってないんですけど、残念ながら、2~3年しないとわからないんですよね(笑)。

Emi
やっぱり2~3年はかかりますか。

Marika
かかりますね。

Emi
まり香さんも仕事で日本から来る人たちと会うと思うんですけど、たとえば学会や出張などで日本から西海岸に行った人たちは、もうすっかり圧倒されて、自信を失ってしまうことがあります。そして、自分の英語を責める。

Marika
ああ、なるほどなるほど。

Emi
短期間で早めに「実は大したことない」と気づくには、どうすればいいでしょうか。ハッタリではないとしても、「自信がありそうに見せているだけ」というのは、どういうところからわかる?

Marika
これは社会に出るとあんまり誰も教えてくれないのですが、よく大学院の頃から言われることです。たとえば西海岸の会社に交渉に行くとします。自分の商品をプレゼンする場合、どう考えてもそれを持ってくる人の方がよく知っている。いちばんよく知っている。だから、本来はそっちの立場の方が上のはずです。だけども、西海岸の担当者は、「ネゴシエーション*では、どっちが優勢に出るかがすごく重要」ということを知っている。だからこそ態度だけは上に、コンフィデンスを持って対応してくるんです。
*negotiation:交渉、折衝

Emi
「商品について詳しくない方の人が、上に立つ」という動きがある。

Marika
くだらない例ですが、「商品のカラーは黒か白」という場合でも、「なぜ青はないんだ?」みたいな感じで来る。そうしたら、「なぜ白と黒しかないのがいいのか」を自信を持って答えることが必要です。「その商品については自分の方がよく知っているんだから、その範囲内では自分がいちばん」という自信を持って対応しないといけません。これはテクニカル*な、ポリティカル**な部分です。
*technical:技術的な、テクニック面の **political:策略的な、権威や社会的関係に絡む

プロフィールにも書いたとおり、「英語がダメでも、でっかい声、簡単な英語で、とりあえず意思を伝える」ということです(笑)。

Emi
「英語は分かりやすい単語ではっきりと大声でがモットー」ですね。

Marika
私も最初にアメリカへ来たときは、しょぼんとしていたことがあります。アメリカの人はよく「Huh?」と言って聞き返すじゃないですか。「Huh?」って、日本だったらメンチ切ってるような感じですが、アメリカでは、ただ単に「聞こえなかったから、もう一度繰り返してくれよ」という話。だから、しょぼんとするのではなく、大きい声でガッと言っちゃう。相手が理解できれば、それで通るんです。

Emi
これは文化の違いという側面で、すごく重要なこと。日本の一般的なカルチャーの中では、「自信満々に、大きな声で、自信のある者同士が戦い合う」ということはなかなか起きません。だから異文化の中へ丸腰で入っていくと、圧倒されてしまって、ますます自信がなくなって、どんどん声が小さくなって、うつむき気味になってしまうんですよね。

今のお話から、まず一つには、「『相手はそういうやり方で来る』と覚悟しておく」ということが大事ですね。

 

「能ある鷹は、爪を隠しちゃいけない」

 

Marika
私は日本の方とよく交流がありますし、日本の企業と一緒に仕事をする機会もありますが、プレゼンを見ていて気になることがあります。日本の方はみっちりとしたきれいなプレゼンテーションを持ってきて、一言一句、全部を書いてこられます。それはいいんですけれど、でも、そこを鍛えるよりは、むしろ「こういうことを言うんだ」とだいたいの流れを言うくらいに留めて、あとは「どうやって相手を納得させるか」に注力した方が、自分たちにとってもラクなのかな、という気がします(笑)。

Emi
日本の方は、すごく時間をかけて丁寧にスライドを作られます。また、文字がすごく多いですよね。日本国内ではそれが主流で、そういうプレゼンテーションに慣れているのかもしれません。

でも、たとえばそれをそのままシリコンバレーに持ってくると、準備していないところを攻められてしまって、「せっかくのスライドを生かせない」ということになりかねない。

Marika
(笑)そうですね。

Emi
これは直接的な英語学習の話ではないですけど、「ビジネスのために英語を上達させたい」という方にとって、英語を使う態度、心構えとして、すごく重要なアドバイスだと思います。

Marika
たとえば中国人などは、そのへんが上手です。英語のレベルとしては、もしかしたら日本人ほど学習していないように思えるのに、態度や交渉術は上手。みなさん、巧いですよね。

Emi
日本には日本の良さがあると思うんですけど、やっぱり英語を使う以上は、その言語のカルチャーも合わせて考えていただたきたいですね。

Marika
「能ある鷹は、爪を隠しちゃいけない」っていうやつです(笑)。

Emi
「沈黙は金」でもないわけですね。

Marika
(笑)

Emi
日本のやり方で、言語を英語に変えただけでは、うまくいかないかもしれない。

 

「自分がいちばんわかっている」が、プレゼンのコツ

 

Emi
まり香さんは、そういう厳しい世界で仕事をしてきて、「どっちが上に立つか」「大きな声で、自信を持ってやりあう」というのが、今ではすっかり身についている?

Marika
そうかもしれないですね。自分ではわからないんですけど、他の人からの評に「コンフィデンス」という言葉があがってきたりするので、もしかしたら、もうそういうタイプになっているのかもしれないです。

Emi
最初からそうではなかったとすると、どこで何が変わった?

Marika
あぁ、これははっきりと覚えています。大学院のときのアドバイザーがすごく厳しくて、あんまり褒めない人だったんです。毎年出ている学会があったのですが、ある年、「お前の発表は全然なってない」みたいに言われて、もう「がくーん」となりました。でも、同じ学会の次の年の発表で、「まり香、これは今まででいちばんいい発表だった」と言われたんです。大学院の4年めで、学生生活も残り少なくなっていた頃でした。

その経験から、「プレゼンってこうやればいいんだ」「Q&Aはこう対応すればいいんだ」というコツをつかみました。Q&Aの対応は、たとえば会社に入ってから上司に報告する時にも使うので、そこでヒントを得たことが役に立っています。

Emi
大学院で4年が過ぎ、毎年している学会発表に対し、ずっと辛口だったアドバイザーの先生に褒められた。そこからコツをつかんだ。

具体的には、その前の年と何が違った?

Marika
確かに、自分でも話しているときに、「何を聞かれても答えられる」「自分がいちばんわかってるぞ」という自信を感じていたんですよね。

Emi
やっぱり気持ちの問題?

Marika
そうですね。さっきプレゼンテーションについて、「日本人のスライドの準備は濃すぎる」と言いましたが、もちろんアメリカの人たちも準備は入念にしますし、練習は何回もやります。書くよりも口に出して練習するので、私もそれをしました。

でも、うーん、やっぱり「自分が研究してきたことだから、自分がいちばんわかっている」という自信を持つことが、もっとも影響したと思います。その前の年までは、なんとなく「学生だし、大目に見てもらえるかな」という気分があったのかな(笑)。

Emi
綿密に準備して、「この会場の中で、自分がいちばんよく知っているんだ」と。そして、「私の知っていることを、この人たちに伝えるんだ」という意識で発表をした。

Marika
今おっしゃった、「人にちゃんとわかりやすく伝えるんだ」というのがポイントですね。「カッコよく見られたい」「ヘンなふうに見られたくない」という気持ちになっちゃうと、どうしても内向きになってしまいます。

「何が本当の目的かな?」と考え、「自分はこの観客や交渉相手に、このことを伝えるために来たんだ」「つたない英語で文法もなっていないけど、伝えよう」と思うこと。それが結果的に良いプレゼンになったのかなという気がします。

Emi
仮に“完璧な英語”というものがあるとして、それを目指すのか。それとも、「この内容を伝えるために、英語を使う」と考えるのか。その意識の違いかも。「なぜ発表しているのか」という、そもそものところって、すごく大事ですよね。

学会でアドバイザーに「まり香、よかったよ」と言われて、「あ、こういうことなんだ」とわかった。それから今日に至るまで、そのときの感覚をずっと持っている?

Marika
そうですね。そのときに自信をつけたというのもありますし、「こういうふうにやればいいんだ」というコツがつかめました。ま、失敗もたくさんありますけど(笑)。

Emi
厳しい世界で日々戦っているまり香さん。今日のお話は、ビジネスの場面、仕事上での交渉という色が濃いですけど、でも実は高校生や大学生にとってもヒントになるかも。英語を使うときには、自信を持って、「何を伝えるか」を大事にしていただきたいですね。

Marika
そうですね。

Emi
本日はありがとうございました。

Marika
ありがとうございました。

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