#18. 橋本 有子さん(お茶の水女子大学 体育・ダンス専任講師)

ダンスや身体の動きを指導、研究する橋本 有子さんに、ものまねが得意だった幼少期、英語や国語は「何をやっているんだか、わからん」と思っていた中高大学時代、ニューヨークへの留学、ことばの魅力に目覚めた体験などについてうかがいました。

橋本 有子 Yuko Hashimoto

米国カリフォルニア州生まれ。東京都在住。生後10ヶ月で帰国し25年間日本で育ったのち、大学卒業後一年間のフリーター生活を経てお茶の水女子大学大学院修了後に、英語が話せないまま無謀にも渡米。大学のArts for Childrenの授業を通して自身が子どもの立場で英語を学ぶ。Geomantics Dance Theatereにダンサーとして所属、その他国内外で作品作り及びパフォーマンスを重ねる。2013年、当初の目標であった’子どもに英語でダンスを教える’という夢を叶えると同時にニューヨーク州立大学大学院ダンス専攻を修了。その後、大学院にて自身のからだのあり方、動きに対する概念を変えた質的運動理論の専門課程(Laban/Bartenieff Institute of Movement Studies(LMA/BF)Brooklyn市)にて資格習得し2015年春に帰国。

現在お茶の水女子大学専任講師(体育・ダンス)ほか乳幼児のダンスレッスンをはじめ、専門家向けのLMA/BF指導を行う。心身ともに自由で創造性がある、主体的な学びの空間を大切にしている。2018年3月順天堂大学にて博士(スポーツ健康科学)取得。

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Emi
では自己紹介からお願いできますか?

Yuko
都内の大学で教員をしております。専門は動きやダンスですが、ダンスは日本の教育の中ですと体育に含まれているので、体育の教員でもあります。大学とは別に、英語で子どもたちにダンスを教えたり、ダンスの指導者やトレーナー、ボディーワーカーなど、身体のことを専門にしている人向けに特別クラスを行うこともあります。

Emi
現在の拠点は日本。「子どもには英語で教えている」ということでしたが、日本語と英語を使う割合や頻度は?

Yuko
大学では全部日本語なので、「英語をもっと使っていきたいな」と思っているところです。

 

英語は近くて、遠い存在

 

Emi
有子さんが最初に英語と出会ったのはいつどこでですか?

Yuko
父が海外で仕事をしていまして、私も生まれは海外、アメリカ・カリフォルニア州なんです。オギャーと産まれて1歳になる前、10ヶ月の時点で帰ってきているのでまったく記憶はないんですが(笑)。

父は研究者で海外とのコラボレーションがあったので、家に海外の方の出入りがあったんです。私はそこに同席するわけではないんですが、「ハロー」なんて言って入ってくるのを見て、幼少期には「なんか全然違う風貌で、何を言っているか全然わからない」と思った記憶があります。

Emi
お父様が英語を話したり、おうちに外国人のご友人がいらっしゃったりという環境。記憶がないとはいえ、アメリカで誕生し、生まれた時から周りに自然に外国人や英語があった。でも、本人としては「うわ、違う人たちが来た」「違う言語が聞こえる」という違和感があった?

Yuko
ゲストが来るのは何ヶ月かに一回など、本当にたまのことなので、それは特別な時間でした。なんだかよくわからないので、「興味を持つ」ということはあまりなかったです。まあ靴が大きいとか、背が高いとか、見た目のインパクトはありましたけど(笑)、そこに進んで興味を持ったという記憶はありません。

父は出張が多く、よくお土産を買ってきてくれたので、海外から帰ってきた時にトランクを開けるのがすごく楽しみでした。言葉だけではなく、日本じゃないものを感じていたということはあると思います。

Emi
生活の中に自然に外国語や外国文化があったけれど、特に強く惹かれることはなく、あくまでも「よその国のもの」という感覚だった?

Yuko
そうですね。ちょっと離れた存在でした。

 

身体での表現の方がスムーズでした

 

Emi
ご両親は英語を話す。英語教育について、取り立てて習わせるというようなことは?

Yuko
まったくなかったです。英語は正直、最も苦手な教科でした。理系の家系で、数学と理科が得意でした。国語、英語という言語は最も不得意。点数もいつもいちばん低く、センター試験でも国語と英語がバンッと低かったです。

Emi
英語を当たり前に使う両親がいながら、有子さんは言語というものに興味がなく、英語も国語も好きじゃなかった?

Yuko
好きじゃなかったですね。小さい頃から、言葉での表現よりも身体での表現の方がスムーズだったんです。別にしゃべることが嫌いだったわけではありませんが、身体を動かす方が好きでしたね。

Emi
人によって絵や音楽などの場合もありますが、言葉以外の表現方法を使うと「こんなに伝わるんだ」。じゃあ同じことを言葉で、となると、「なんだか伝わらない」?

Yuko
そうですね。直接的にフラストレーションが溜まっていたのは、怒りなどマイナスの感情の方が大きかったかな。

Emi
何かちょっと嫌なことが起きて、その感情を表そうとしたときに、言葉だとピッタリしたものが見つからない?

Yuko
それはありますね。だから「身体に出る」というか、すごくわかりやすい子どもだったと思います。私にとっては普通だったのですが、ボディランゲージが多かったので、「見てたらよくわかるね」と言われていました。(笑)

Emi
それは周りの大人に言われていた?

Yuko
母にはよく言われます。いま私が動きの道に進んでいることについても、「小さい頃から大好きだったものね」と言われます。自分の動きもそうですが、とにかく他人を観察するのが大好きで、電車に乗っていても、おもしろい人がいると、瞬きもせずずっと見てしまう。「頼むから、そのじっと見るのやめなさい」と怒られた記憶があります。(笑)

Emi
お母様は困りますよね(笑)。有子さん自身も、「じっと見ていたな」という記憶がある?

Yuko
あります。幼稚園では先生の鼻のすすり方がすごく特徴的で、ずっと見ていました。鼻をサイドに上げて吸うんですが、私は小さいから、ちょうど先生の鼻が下から見える。その動きがすごくおもしろくて、それを練習して、「先生はこういうふうに鼻をすする」と一生懸命説明したり、自分も鼻をすする時にはその真似をしたり(笑)。特徴的な動きを抽出して、いわゆる“ものまね”を、幼稚園の頃からずっとやっています。

Emi
ものまねには言語的なものもたくさんあるけれど、そちらには行かなかった?

Yuko
行きませんでした。

Emi
「動きを真似る」ということが得意だった。言葉では表現できないことを、ものまねで動いてみせると伝わる。そこにギャップが生じてきていた?

Yuko
それはあったと思います。自分の中で、ものすごくしっくりきていました。

Emi
言語だと、まどろっこしかった?

Yuko
うーん、たぶんストレートじゃなかったんでしょうね。

 

英語も国語も「なんだか、わからん」

 

Emi
「国語と英語が苦手だった」ということですが、中学高校の科目として、その2つは「似たようなもの」という感覚があった?

Yuko
すごくそっくりでした。テストで取る点数もそっくりだし、わからない感覚もすごくよく似ていました。たとえば国語のテストで、「この主人公の気持ちは、(ア)~(エ)のどれか」と聞かれると、私は「絶対誰も選ばないだろう」という答えを選んでしまっていました。テストなので正しい答えがあるわけなんですが、正解を聞いてもわからない。なんでそうなるのかがわからない。「いや、私はこっちだと思う」みたいな(笑)。

Emi
うんうん、おもしろい。

Yuko
国語はそうでしたし、英語は文法やロジックがわからない。なんでそうなるのかわからないし、「そこが入れ替わったところで、別にいいじゃないか」みたいな(笑)。

Emi
英語の勉強を始めたのは中学に入ってから?

Yuko
そうです。「ハロー」から始まる日本語風の発音で、「ハウ・アー・ユー、エーブリバーディー」みたいな感じだったので、特に楽しかった記憶はありません。今ではサラサラッと話される英語を聞いて、「ああ、きれいだな」と思うことがありますが、そんなブツ切りの英語では…。「何やってるんだろう、私たち?」と思っていました。(笑)

Emi
なるほど。小学校で国語があんまり好きじゃなかったところへ、中学で英語が始まって、「また一つ、似たようなものが増えたな」という感覚だった?

Yuko
そうですそうです。日本語は縦書きだけど、英語は横書き。しかもアルファベットでさらによくわからない(笑)。 何か一つでも「なんだろう?」と興味をわかせるような要素があればよかったんですけど。

Emi
何をやっているのか、何を聞かれているのかもわからないまま時間が過ぎていく。中学1年生から高校3年生まで、6年間のうちに先生や教材は変わっていくが、途中で何か変化はあった?

Yuko
また動きの話になっちゃうんですけど、記憶に残っているのは特徴的な先生の動きです(笑)。高校の英語で、わざと間違った文を言う先生がいました。たとえば、be動詞と一般動詞を重ねて「I am go to school」。それを言ってから、「そんなこと、あるわけないじゃないですかぁぁぁー!」と遠くを見て叫ぶんです。(笑)

Emi
(笑)怖い怖い。

Yuko
手を口元に当てて 、ちょっと高いところから私たちの頭の上を見て、「そんなこと、あるわけないじゃないですかぁぁぁー!」って叫ぶんですよ(笑)。だから、「I am go to school、そんなことあるわけないじゃないですか」というのを覚えました。でも、それは彼のムーブメント*が強烈だっただけです。
*movement:動作、身振り

Emi
(笑)まあでも、「間違った文法だよ」ということは教わった?

Yuko
(笑)教わってます。ただそれは彼の動きや言い回しがおもしろくて記憶に残っているだけで、英語としておもしろかったわけではありません。

Emi
数学や理科の先生の中にも、動きが特徴的な先生はいたのでは? それには引っぱられなかった?

Yuko
引っぱられます。すべての先生の特徴をつかんで、授業が終わったら休み時間に先生の真似をするという感じだったので。

Emi
では、先生の動きがディストラクティング*なのは全教科共通?別に英語だけ邪魔だったのではない?
*distracting:気が散る、集中力を削ぐ

Yuko
あ、そう言われてみると全教科共通。英語だけではないですね(笑)。やっぱり何よりも動きが先行してしまうので。

英語は結局そこ止まりだったということです。たとえば試験前に復習するときも、英語はあきらめて時間をかけず、勉強していませんでした。

Emi
(笑)もともと好きじゃないからですよね。先生の動きが気になっても、数学や理科なら内容が頭に入ってきていた?

Yuko
数学や理科には、おもしろさがありました。「わかる」「解ける」「こうなったら、こうなるんだ」というのがわかって結びついていく教科だと、「もっと勉強したい」と思えたんです。

Emi
有子さんにとって、理系科目は「わかる」「おもしろい」「もっと知りたい」。文系科目は「何を聞かれているのかわからない」「解答を見てもピンとこない」「全体的に何をやっているんだか、よくわからない」。

Yuko
そうそう。「どこを目指しているのかもよくわからん」っていう。

 

学校の英語と、家での英語

 

Emi
受験でも国語と英語がネックだった?

Yuko
点数でいえば20点差ぐらいありました。理科、数学では9割取れるのに、国語、英語だと7割以上はいかない。パクッと分かれていました。

Emi
「よく減点されていた」など、特定の苦手な問題があった?

Yuko
いや、もう全部。ランダムに減点されていました。わからないからカンで行くんですよね。記憶力は割と良かったので、たとえば穴埋めならパターンでなんとなくわかりましたが、実際にそれを文章にして書くというのはまったくダメでした。基礎がないので、応用に対応できなかったんです。

Emi
問題によって当たり外れがあったり、偶然正解したり。傾向がつかめなかった。受験勉強ではどんなことを?

Yuko
「とにかく教科書を暗記しなさい」と言われて、一生懸命、暗記したのを覚えています。教科書の本文を丸暗記。でも、それも1年生の前半で挫折しました。(笑)

Emi
もう本当に嫌いだったんですよね。(笑)

Yuko
うん、本当に。奥深さみたいなものが見えていなかったんです。表面的な理解で、勉強の仕方も表面的なものでした。

Emi
中高での英語は、「何をやっているんだかわからない」という状況。その間も、お父様が外国に行ったり、おうちに外国人が来たりしていた?

Yuko
それは続いていました。それに、私の家族は約20年間ホストファミリーをしているんです。最初に来たのはインドネシア人の女の子2人でした。母のところへ、「同い年の女の子がいるから、受け入れてみないか」という話があって。私は中学生で、ちょうど「英語がよくわからん」という時期だったのですが、英語云々ということより、すごく興味を持って、「違う国の友達ができるんだ。やる!」と(笑)。

それで2人が来て、家に滞在していました。すごく英語の訓練をされている子たちだったので、彼女たちが何かしゃべって、身振り手振りで教えてくれる。それに対して、私はまったく言葉がないので、身振り手振りで返す(笑)。何を言っているかもよくわからないんですけど、一緒に写真を見て笑ったりして時間を過ごしていました。その時、「ちょっとでもいいから、英語をわかりたいな」という気持ちが芽生えました。

Emi
そこで「学校でやっている英語」と、「家でホームステイに来ている人たちと話す言語」はつながってこなかった?

Yuko
つながらなかったです。別世界のもの、「生きている」と「死んでいる」ぐらいの違いでした(笑)。最初はもちろん、「学校の勉強をがんばれば、彼女たちとコミュニケーションが取れるようになるんだ」と思ったのですが、どうもそれが…。結局、高校3年までほとんど変わらなかったです。

Emi
これ、先生や大人たちが伝えそこなっているところかも。「外国人がいて、周りに英語があれば、自然に学校の英語と組み合わせられるはず。『学校で習ったことが使える』って、わかるでしょ」と当たり前に思って、そのつながりを教えそびれているかもしれないですね。

Yuko
いま思うと、「話す聞く」が中心だった彼女たちとのコミュニケーションと、「書く読む」が中心だった学校教育の間に大きなギャップがあって、ぱっくり割れていたんでしょう。

Emi
それはおそらく日本語にも言えますね。生活の中で話している日本語と国語とのつながりがよくわからない。英語はその“別バージョン”で、同じことが起きていたんでしょうね。

Yuko
本当にそうだと思います。

 

「英語ができないのは、私だけ?」

 

Emi
英語を使っているといえば使っているような状態。でも相変わらず学校の英語は好きじゃない。好きじゃないけど、受験だから仕方なく勉強する。では大学入学後は、もう英語から完全に解放された?

Yuko
そうですね。一応クラスはあったんですが、それも読み書き中心で、「なんとなーく、そつなくこなして、さようならー」みたいな感じ(笑)。

Emi
まあぶっちゃけ、要らないですからね。

Yuko
そうなんです。当時は大学で周りに留学生が多いというようなこともなかったので、特に英語を使うところはなく、日本語だけで生活する4年間でした。

Emi
いよいよ英語を使わなくていい、堂々と英語を使わない状況に(笑)。

Yuko
そうそう。ただ、大学時代に知り合った友達で、幼少期を海外で過ごして帰ってきた子がいました。彼女の周りには、アメリカの大学に行っていて夏休みの間だけ帰ってくる子がいたので、英語を使える人たちと知り合いになりました。彼女たちは英語を使って別の国の人たちと話すし、会話には「シェリーが…」など日本人じゃない名前が出てくる。それで、「英語が使えると、なんかどうも別の世界に行けるらしい」と感じるようになりました。いつも一緒に過ごしている仲の良い友人がそういう世界を持っている。「どうも、これが現実らしい」と。(笑)

Emi
同じ大学で、普段一緒に生活している友達が帰国子女だった。彼女の様子を垣間見て、「私の知っているこの人には、外国とつながっている面があるらしい」と?

Yuko
そう!「同じ人に、別の部分がある!」って。

Emi
そのことに、大学生になってから気づいた。でも、たとえばお父様も、普段有子さんに話しているお父様と、外国人のお友達と話しているお父様と、違いがあったはずでは? それはピンと来ていなかった?

Yuko
そうなんです。父の場合は、「長く生きているから」とか(笑)、「仕事で英語を使ってるだろうし、まあ、お父さんはアメリカにいたし」と、別物として捉えていたんです。一方、大学の友達は自分と性別も同じで、同い年。「私と生きてきた年数も同じなのに、この子は何か別の世界を持っている」と思ったら興味がわきました。

Emi
何がどこでリンクするか、わからないですね。昨日まで見えていなかったのに、急に本人の中で辻褄が合ってくる。「私もこの友達と同じように、外国とつながる面を持とう」と思った?

Yuko
「英語を使えるようになりたい」と思いました。また、「私はアメリカで生まれているのに、英語ができないというのは辻褄が合わないぞ」とも。

Emi
(笑) 急に思いはじめたんですね。

Yuko
そうなんです。急に「あれ?あれ?」と思うようになりました。彼女たちを見ていると、私は完全にマイノリティ。「あれ、みんな英語できる。6人いたら5人できるのに、私一人だけできない。」

 

ニューヨークで「英語」と出会う

 

Emi
「英語ができない方がおかしい」と。それで何か始めた?

Yuko
その仲の良い友人が、ニューヨークへダンス留学に行くことになったので、私も行くことにしました。彼女は半年間の滞在でしたが、私はそのうちの1ヶ月間だけマンハッタンでダンス漬けの日々を過ごしました。全部英語のダンスレッスンを毎日受けながら、英語を聞き続ける時間を過ごし、いよいよ「本当に勉強したい」と思うようになりました。

Emi
1ヶ月の滞在の最初はどんな感じだった?

Yuko
うーん、なんか「別の惑星に来た」という感じですかね。見たことのない、馴染みのないものばかり。物も人も音もにおいも、全部違う。ポコッと別の惑星に来て、なんだか全然わからない。でも、すごくエキサイティングで、「楽しい、知らない世界がここにあるんだ」と感じました。

Emi
子どもの頃から一貫して、新しい世界に対する興味は強くお持ちだったんですね。今こうやってお話を伺っていても、ニューヨークに降り立った時の有子さんの観察している様子が伝わってきました。人の動き、におい、空気感、雰囲気全般がすごくいいイメージ。「もっと知りたい」と好奇心を駆られた。

その観察の中に、言語、特に英語は入ってきていた?

Yuko
においや見るものと同様、文化の一部、違いの中の一つとして言語を捉えることができました。言語が環境に合っていて、その一要素になっている。そこにムーブメントがあるし、話す人の雰囲気などもあるので、納得がいく。「切り離されたものではないものが、そこにある」という感覚がありました。

Emi
英語という言語の実態がわかった。「リアルな存在として、初めて英語と出会った」という感覚?

Yuko
本当にそうです。ツールとして、表面的にしか見えていなかった言葉に対して、「その背景にはいろんなものがあるんだ」と、奥行きを初めて感じました。

Emi
日本で英語を教えている人などは、ちょっと気をつけなければいけないところかもしれません。学習者というのは本当に多様。「言語はツール」「コミュニケーションするための道具」という説明だけで理解できる人はそれでいいけれど、そうではなく、「実態を伴っていないと、概念が理解できない」という場合がある。

Yuko
そうなんです。人間の動きと同様、言語はもっと大きな、ファンダメンタル*なもの。すべてにつながる土台で、その背景には文化や歴史がある。そういう捉え方ではなく、切り離されたツールとして最初に学んでしまうと、「じゃあ、使わないなら意味がない」「使う環境がないなら別に学ぶ必要はない」という方向に行ってしまうんですよね。
*fundamental:基礎的な、根本的な

Emi
有子さんと同じように感じている学習者も、まだその手前にいて、「このわからない感覚は何なのか」と悩んでいる学習者もいると思います。

Yuko
「言葉は、ただの記号」としか捉えていなかったところへ、「意味があって、背景があって、そして言葉があるんだ」ということがつながった瞬間、「言葉って生きている」と強く思いました。そうしたら、もうスルスル頭に入ってくるようになったんです。

もちろん言葉はツールなんだけれど、もっともっと深いところでつながっている。英語を学んでいく上でも、最初はただの記号なんだけれど、それが文脈によって意味を伴ったとき、色を帯びてくるんです。記号の時の言葉は、グレーや白などモノトーン。でも背後に意味を伴って文脈の中で捉えられた時、自分のイメージする色がつく。そうなった時、初めて自分で使えるようになる。その「言葉に色をつけていく」という経験がすごく楽しくて。自分の言葉になっていく感覚がおもしろかったです。

Emi
日本語でも同じことが起きる?

Yuko
はい、起きています。日本語でも、たとえば新しい四字熟語など、初めて聞く言葉は記号でしかありません。ただ、文化の中で自然に言葉を学んでいるので、大抵のものは自然と意味を伴っているんだと思います。

Emi
日本語の場合は意味とともに学ぶことが当たり前だから、大きな感動もなく吸い込んでしまっていた。

Yuko
英語は学校の授業で、「白黒の記号として学んだ」という感じがあるので、その背後にある意味が離れていました。普段使わない言語だから、“記号っぽさ”が日本語より強く、濃く出ていて、カクカクしていました。

Emi
硬さ、異物感でしょうね。それが、ダンス留学の1ヶ月間で色を持ちはじめた?

Yuko
いえ、そこでは全然変わらなかったです。色を持ちはじめたのは本留学の2年目ぐらいからかな。

Emi
あぁ、結構時間がかかりましたね。

 

留学で、アイデンティティぶち壊しに

 

Emi
本留学というのは、日本の大学を卒業後、1ヶ月のダンス留学を経て日本に帰った、その後?

Yuko
そうです。実はその頃、私はヘルニアを患っていました。「ダンサーでやっていこう」と思っていた時だったのに身体を壊し、どうしていいかわからなくなりました。振り返ると「あれは鬱だったのかな」と思います。ポロポロ泣いて、夜中はずっと起きていて、日が昇ったら眠るという、よくわからない生活を続けていました。でも「これじゃダメだ」と。「身体が動かないんだったら、頭を使おう」と思いました。

それで、元ダンサーで身体のことを科学的に分析している先生を見つけて、お茶の水女子大学大学院に入学することにしたんです。大学院では「背骨の動き方が、加齢によってどう変わるのか」という研究をしました。それによって腰痛の原因がつかめるかなと思って勉強していたんです。

けれど、結局ずっと座って解析、研究しているうちに、腰はどんどん悪くなって。「私が本当にしたいことは、実践に基づいた研究。腰を治したい。できればずっと長く踊っていきたい。歩いていきたい。」 その気持ちから、アメリカへ行くことにしました。

Emi
ダンスの経験から、身体の仕組みについての知識を学び、その実践部分を学ぶためにアメリカ留学を選んだ。

Yuko
「英語が使えるようになりたい」という気持ちはずっとあったのですが、「じゃあ何を学びに行こう」と考えました。もちろんダンスに関することですが、もともと小学校の教員になりたいという夢があって教員免許を取っていたこともあり、子どもの教育に興味がありました。「将来、動きやダンスの教育を自分のプロフェッション*にしていきたい。でも日本にはなかなか先生がいない」ということで、留学をすることにしました。
*profession:専門的な職業

教育は文化の影響を深く受けますので、必ずしもアメリカの教育が日本に当てはまるわけではありません。ただ、動きやダンスの教育は英語圏で竜巻のように進んでいて、日本に入ってきていない情報がいっぱいあったんです。

Emi
アメリカに渡った後はどうだった?

Yuko
田舎の学校だったというのもあり、最初は本当に大変でした。オンタリオ湖を挟んで向かいはカナダという、アップステート・ニューヨーク*。ニューヨーク・シティとは全然違って、住民の99%が白人のアメリカ人という、人種のダイバシティ**もほとんどない地域でした。
*Upstate New York:ニューヨーク市など、州南部の都市圏を除いたニューヨーク州全域のこと。 **diversity:多様性

「英語を早く学びたい」という気持ちから、ちょうど私が入った時にできたアパートメント式の寮で、学部生の女の子3人とルームシェアを始めました。それが…。自分で願ったこととはいえ、それまでは一人で落ち着いた生活を基盤にしていたのに、学校でてんやわんや、家に帰ってもてんやわんや。最初のセメスターは本当に頭がおかしくなりそうだったのを覚えています。(笑)

部屋は一人ずつ個室ですが、大部屋(suite)を4人でシェアしていました。3人とも白人のアメリカ人で、“ザ・田舎から来た人たち”。お箸で物を食べる人間を見たことがないので、私がお箸を使ってご飯を食べていると覗き込んでくる。その一つ一つがものすごいストレスになっていました。

Emi
日本では一人でいる時間が多く、自分の内側にこもって考えこんでしまっていた。「これではいけない」と思い立って始めた留学では、外国人に慣れていないアメリカ人が24時間、容赦なく関わってくる。激変ですね。

Yuko
私は日本ですでに大学院を卒業していたので、25歳だったんです。一緒に住んだ学部生たちは18~19歳で、「大学生活をエンジョイするわ!」という感じでした。「学校の勉強もするけれど、どちらかと言うとパーティーがメイン」という3人と、「目的をもって、大学院を出て帰りたい」と思っている私とは、すごく温度差がありました。

Emi
文化の違い、言語の違い、そして「世代」というほどではないけれど、そこには大人と子どものような差があった。

Yuko
私は英語ができないので、彼らからはまるで赤ちゃんのように扱われていました。日本では、彼らと同じくらいの年代の学生を担当していたので、「教員と学生」から「赤ちゃんのような扱い」という立場の逆転。それに、25歳といえば頭の中は成熟しています。状況はわかる、判断もできる、なのにエクスプレッション*だけができない。周りからの扱われ方と、本当の自分とのギャップによって、アイデンティティがぶち壊され、自分が誰だかわからなくなっちゃったんです。それまでに組み立ててきたいろんなものを全部リセットして、まっさらの土地にするような。留学1年目は、「私は誰?」というところからのスタートでした。
*expression:表現

Emi
プライドはズタズタ、もどかしさも大きいでしょう。周りの人たちも悪気はないし、どちらかと言うと親切心からそういう扱いを選んでくれている。とはいえ、やはり理解されない思い、本当の自分が出せないなど、葛藤があったのでは?

Yuko
言葉が必要になる場面では、完全にギャップを感じるようになっていました。「本来の自分」と「見られる自分」とが別人格のような感覚。そのギャップを自分で客観視しながらも、理解するのは難しかったです。

ただ、専攻がダンスだったことで助かりました。本当は大学院に行きたかったんですけれど、とにかく英語ができないのでとても入れるレベルではなく、まず学部に入りました。オーディションは踊りとエッセイのみ、面接や試験はなかったのでなんとか入学できました。

 

言葉の力に魅了されていきました

 

Yuko
踊っているときは言語が一切いらないので、私がダンスで表現しているものがすべて。相手もダンスからすべてを受け取る。そこには齟齬がないんです。その時だけは自分が本当の自分で、周りからも自分を見てもらえる。踊っている間はしっくりきていて、言葉が入ってしまうと、もう別世界でした。

踊りには、その人が生きてきた経過など、いろいろなものが出てきます。ある日、ソロで発表する機会があってみんなに見てもらってから、周りの私への接し方がすごく変わったのを覚えています。「何も言わないから、有子は何もわかっていない」という位置付けから、「どうもいろいろやってきた人らしい」と(笑)。その辺りから話しかけてくれるようになったり、興味を持ってくれたりするようになりました。

Emi
小さい頃からずっと、「言語より、ダンスを含む身体の動きの方が自分を伝える手段としてふさわしい」という感覚を持っていた。アメリカに来て、「言語が邪魔でしかない」という状態にまで追い詰められ、なおさら「ダンスという手段で自分を理解してもらうことの大きさ」が大きく感じられた?

Yuko
「人の動きというのは、こんなにも混ざり気がなく、純粋でパワフルなんだ」と思いました。もちろん文化によって同じジェスチャーでも受け取り方が違うということはあります。でも、言語のもっともっとファンダメンタルな、言葉になる以前の部分を感じて、「本当にすごいものだな」と思いました。

Emi
動きの持つ力、人間同士の根源的な相互理解の力を確認するためには、すごく良い経験だった。一方で、言語は邪魔になったり、誤解を与えたり。言語に対して、よりネガティブな印象が強くなったりはしなかった?

Yuko
最初はそういう時期もありました。でも、学問の世界に飛び込んでいるので、自分の興味がある動きやダンス、芸術教育などの授業を受ける中で、概念を理解するためにはやっぱり言葉の力が必要でした。私の場合は英語でしたけれど、新しいことを学びながら、「理論と実践が結びついていくんだ」ということが実感できたんです。

もちろん動いたり踊ったりするのは心地がいいし、表現もできて素晴らしいんだけれど、学問となると、「それについて話ができる」ということが必要になってくる。たとえば作品のつくり方、踊りならどういう身体の使い方をしているのか、テクニックの授業ではただ踊るだけでなく、自分の弱み・強みを全部言語化していく。パートナーワークをしてお互いにフィードバックする。動きを見て理解でき、自分の中で日本語でまとまっても、それをパートナーに伝えなければいけないという状況が多発する。それには言葉を使っていかなければいけない。

また、動きをうまく言葉で表現してもらうと、「あ、そうそう!」と腑に落ちるんです。動きにも言葉があるので、動きと言葉とがつながった時には、動きだけの時よりもっとしっくりくる。「言葉ってすごい!」と、言葉の力にも魅了されていきました。

Emi
「動きを言語化する」ということを通じて、言葉の機能に初めて気づいた。「色がついてくる」というお話もありましたが、「自分が持っていた言葉には、自分が理解していたのとは違う面があったんだ」と感じた?

Yuko
「すごく魅力的だな」という感覚が芽生えました。「言葉があると、こんなにも理解が深まるんだ」と。

何か伝えようとしたとき、もちろん「あなたの動きはこうでこうで、ここがグーグー」とか、ジェスチャーでもある程度は伝えられる。でも、それではやっぱりディテールを深めていくことができない。先生も授業でそういうところを深く突っ込んでくるので、先生が言っていることを理解したい。「この人たちは何を言っているんだろう?」「何について、こんなに思慮深くうなずいているんだろう?」  そうなるとやっぱり動きだけでは難しいところが出てきました。

Emi
英語学習者の中には、英語が物事の入り口、前面に立ってしまって、「まずは英語から」というルートがデフォルトになっている人がいる。ところが、有子さんは今話しながら、繰り返し言語を後ろ側に置くジェスチャーをされている。この感覚に気づいてほしい。有子さんのように、動きや概念、感情が前にあって、その後ろから言語が迫ってくるような感覚を持って学習に入ると、しっくりくるタイプの学習者もきっといると思う。

言語が前でも後ろでも、表裏一体で最終的には同じになっていく。けれど、特に初学者にとって、「常に言語が前」というのは邪魔になることがあるかもしれない。

Yuko
「知りたいこと」「わかりたいこと」「もっと覗いてみたい世界」が前に立ちはだかって、そのために言語が必要である、ということです。もちろん、言葉がわからないせいで見逃すことはちょこちょこありました。たとえば図書館の本を返すのに、「何週間以内」という情報をキャッチできず罰金になったり。挙げたらキリがありません。そういう悔しい思いがちょこちょこあって、言語を学ぶ必要性に迫られたというのが、モチベーションの上がった要因ですね。

Emi
いろいろなことを経て、図書館の期限など、有子さんの言葉でいうと“ガチガチの記号”の必要性がいちばん最後に現れた。おまけ程度に入ってきた無味乾燥の情報に対して、「あ、これも言語なんだな」と気づく。このプロセスがすごくおもしろいですよね。

Yuko
そう!(笑)

 

動きと言葉の相乗効果

 

Emi
有子さんはどこかで、「なまじ身体で表現することが得意な人ほど、言語表現が上手くならない。その必要性を感じない」というようなことをおっしゃっていました*。動きで伝えることが得意なために、言語がコンプレックス、あるいは言語と引き換えになる感覚がある?
*参照:https://www.ko2.tokyo/archives/1006

Yuko
たぶん、「自分の感覚的に、動きの方が“しっくりくる度合い”が高い」ということだと思います。身体を動かすことが好きな人たちは、よく「言葉では表せないことも、身体でなら表現できるしね」というお決まりの文句を言いますよね。私もそれには一理あると思います。でも私は「身体の動きを言語化する」ということを専門にしているので、今では「ちょっとタイプの違う2つのものが、両方あったらどんなものにも負けない」と感じます。ペア・アップ*した時の、どちらもが生き生きするような状態です。
*pair up:対にする、一組にする

大学院の先生にもよく言われました。「あなたたちは身体を動かすのがすごく得意で、身体を動かすとなったら100%、120%スイッチが入って表現できる。ところが、たとえば言葉でプレゼンとなると萎縮してしまい、それまで堂々としていたのに、違う自分になってしまう。学問としてダンスを捉えていなければ、それはそれで終われるけれど、大学に来て学んでいる以上、『なぜダンスが人にとって重要なのか』『ダンスの世界から、どんな人間の様子が見えるか』ということを、ある程度、世の中に伝えていく役割を担う。そう考えると、ダンスや動きの世界の中だけで『そうだよね、ああだよね、うんうん』とツーカーで終わっていてはいけない。」

「身体の感覚が優れていて、身体の動きにどうしても頼ってしまうから、言葉に意識を向けるのは確かにチャレンジ*。でもトレーニングを積んで、動きと言葉が結びついてくると、ホリスティック**に捉えることができるようになる。バランスが取れ、もっと自分を表現できるようになる。だから言語化は必須だ」と、先生がおっしゃっていたのを覚えています。
*challenge:課題、難しいけれどやりがいのあること **holistic :全体的、全人的、包括的

Emi
「言語だと、まどろっこしい」というタイプの人は、他に優れた表現方法を持っているから、「それ一本で、もういいじゃん」と思うことがある。また、「ツーカー」というように、似たような人たち同士だと言うまでもなく通じ合う。「言葉を使わなくても通じるんだったら、言葉はなくていいじゃん」というのはおっしゃるとおり。

ただ、有子さんのポイントは、「非言語の表現と言語の表現が結びついた時、“鬼に金棒”。」 あるいは“鬼”と“金棒”が相乗効果を生んで、どちらか一方だけではできない、新しいものが生まれる。それを他者と共有できる形に変えることもできる。

Yuko
本当にそうです。自分が興味のある世界―私の場合は動きやダンスの世界が、より深く理解できるようになっていく感覚があり、より好きにもなっていきます。「それ以前より、ずっと多面的に捉えられるようになったな」と感じます。

Emi
日本語と英語についても、同じことが起きているかもしれないですね。「日本語だけで表現できるから、日本語だけでいいじゃん」というのもアリはアリ。でもそこに別の言語が入ることで、日本語の方にも作用が起きる。考えが深まったり、感情のキメが細かくなったり、観察が鋭くなったり。

Yuko
まさに。「キメが細かくなる」というのは、すごくよく感じます。世界を見る目が変わってくるというか。「言葉を持つ」ということによって、たとえば身体の動きについても、「あんな感じ、こんな感じ」というところから、「その中に一体どういう要素が入っているんだろう」ということを見ていけるようになる。そのためにも、また、自分の中で落とし込んでいくためにも、言葉が必要なんですよね。

持っている言葉が多いと、それだけ豊かに表現できるし、ふわっと素通りしていたものが「あ、これこれ!」みたいな感じで見えてくる。粗かった世界が、細かくなっていく。

Emi
物事にどういうラベルをつけていくのか、そのラベルをつけていく作業の中で、物事の本質を見極めるということが同時に起きてくる。そのことにアメリカ留学中に気づいた。

有子さんがもともと持っている観察の鋭さ、ディテールまで見抜く力、そこに言語が後から追いついた。「それが英語の習得を早めた」という感覚はある?

Yuko
すごくあります。私がずっと勉強しているのはLaban Movement Analysis/Bartenieff Fundamentalsという運動理論なんですけれども、その入門のクラスについて、私のアドバイザーが「有子、あなたはロジカルだからこの理論が好きだと思うし、何よりも英語の勉強にいいと思うわよ」と言ったんです。実は私はその理論について日本でちょっと聞いたことがあって、「ものすごく訳のわからない、気持ち悪いものだ」と敬遠していたんです。ところが、「教育の根幹に関わる理論なので、学んでおいた方がいいんじゃない?」と言われて渋々受講したら、ハマってしまいました。

自分の中でストンストンと落ちていく感覚がありました。点と点が線で結ばれて、自分のことを客観視して自分が何をしているかがわかるようになるので、結果的には「なぜ私が腰痛になったか」までわかっちゃったんです。それは自分の動きの癖にあったのですが、言語化しなければわからなかった。そのツールがなければ表現できなかったことが、どんどんクリアになっていきました。

自分で客観視することもできるし、他の人からフィードバックをもらうこともできる。何が起こっているのかを実況中継できる。それで腰は良くなる、元々やりたかった子どものダンス教育を英語ですることもできるようになる、理論がレッスンプランを立てる軸にもなりました。自分をもっともっと豊かに表現し、偏りのない動きのバリエーションを得るという意味でも、すごく力になりました。

つまり、その理論を学んだことで、英語の習得、腰痛の解消、表現力のアップ、世界がキメ細やかに見えるなど、全部がリンクして、留学前に持っていたいろんな悩みや疑問が一挙に解決しちゃったんです。「こんなに全部が絡み合ってるとは!」と思いました。

Emi
「ほどけ始めると、全部が一挙にほどける」ということでしょうね。

Yuko
その感覚が、留学中にどんどん強くなってきました。1年目は「聞こえてくる単語を並べて、想像する」という状態でしたが、言葉が色づきはじめ、いろんな情報が入って、アウトプットとインプットがうまくいきはじめてから、おもしろいぐらいに溶けてきました。

 

留学を選択した自分を褒めてあげたい

 

Emi
フタが開いたのか、世界が開けたのか。一旦そういう変化が起きたら、あとは吸い込んでいく一方。英語はメキメキ上達していった?

Yuko
本当にそうです。ある時、テクニックの先生がみんなの前で「彼女の成長はすごい」と(笑)。「彼女はスポンジだ!」という表現をしました。成長とともに、私の動きがものすごく変わったんです。最初の頃、右も左もわからなかった状態の私は萎縮していましたが、本当にのびのびと動けるようになった。それは私自身も実感していました。「諦めなくてよかったなあ」と思います。

Emi
「自分は言語が苦手で、ダンスでの表現が得意」、「言語というのは何をやっているんだかよくわからない」と思っていたご自身に対して、何か一言ありますか?

Yuko
留学したのは20代の頃ですが、「その選択をした自分を褒めてあげたいな」と思います。動きの勉強、英語の勉強、海外に出て生活をすることなど、いろんなものを含めて、留学での経験が本当に私の人生を変えました。

何よりも、生きていくうえで、自分がどんどん楽になってきているんです。何かやろうとした時に、自分で押しとどめようとしたり、わからないことを恥ずかしく思ったりするなど、自分で自分をブロックするようなところがどんどん外れていく。「もっと楽しいこと、広い世界がある」ということが前提になった今、「何をしていけば、この先どうつながっていくのか」というなんとなくのイメージが、昔よりもよく見えるようになっています。それって、視野が広がったからなのかな。そのことが、いろんな意味で自分を助けてくれています。

Emi
「内側に向いていた矢印が全部、外側にハネた」みたいな感じ?

Yuko
そう。だから楽になっているんでしょうね。

Emi
本日はありがとうございました。

Yuko
ありがとうございました。

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